第525話、海賊だった男の申し出
異世界から迷い込んだというエイタたち海賊団。ソウヤは、そんな彼らの今後を聞いた。
「元の世界に戻る算段とか、ついているのか?」
「いいや。オレたちは敵を振り切るために嵐を利用したんだが、その渦に引き込まれて、気づいたら、こっちの世界に来ていた」
エイタが言うには、彼のいた霧の海には、時々、台風の目のようにも見える空洞が現れるらしい。それは渦であり、近づき過ぎると引き込まれる危険なものなのだそうだ。
「あの世界じゃ、とある噂があってな。大渦の中には異世界へ通じる穴がある。落ちたら別の世界へ行ってしまう……」
「それに引き込まれたからエイタたちも、こっちの世界に?」
「そう思うのが妥当だろうな。ちなみに、その渦、時々逆回転していて、その時は別世界のモノをこちらの世界に引き込むんだそうだ。たぶん、俺もその口で霧の海世界に来たんだと思う」
渦に引き込まれて別世界へ。エイタの話が本当だとすると――
「もしかして、この世界にも、その霧の海世界へ行く渦が現れたり?」
「そう考えるのが妥当だろう。現に俺たちはこちらの世界にそうやって来た」
エイタのカップのお茶が空になる。するとレーラがおかわりを注いだ。
「その渦が見つかれば、エイタさんたちは、元の世界に戻れるということですか?」
「うーん、どうかな。戻れるかもしれんし、あるいはまた別の世界かもしれない。そもそも、渦がずっと同じ場所にあるパターンは稀だからな」
「あるにはあるのか?」
「異世界に繋がっているかは知らないが、常に渦が巻き続けている場所は、船乗りたちには有名さ。普通は近づかない」
「はっきりわからんもんなんだな……」
ソウヤは腕を組む。エイタはお茶に口をつける。
「俺たちとしたら、当面は情報収集だろうな。異世界への渦があるなら、それを通って元の世界に帰るつもりだ。ここは俺たちの世界じゃないからな」
「もし、見つからなかったら?」
「その時は、この世界に骨を埋めるしかないな」
あっさりとエイタは言い放った。悲観した様子はまったく感じられないのは、必ず見つかると確信しているのか、あるいは簡単に見つからないと達観しているのか。ソウヤには判断がつかなかった。
「それでソウヤ、あんたにひとつ相談があるんだが」
「何だ?」
「俺たちを用心棒に雇わないか?」
「用心棒?」
まさかの申し出に、ソウヤは目を丸くする。エイタは続けた。
「あんたに聞くところによると、銀の翼商会は冒険者業も兼務しているらしいが、見たところ、空の戦いは得意じゃないだろう? 船同士の戦いなら、こちらはベテランだ。さっきみたいな襲撃を俺たちで撃退してやる」
「海賊が護衛してくれるのか」
何とも皮肉的な話だ。
「この世界じゃ、俺たちは別に追われてないからな」
エイタはニヤリとした。
「指名手配されているわけでもないし、海賊旗降ろしておけば、単なる傭兵にしか見えないだろう」
「それは悪い話じゃないが……あんたたちはそれでいいのか? 元の世界に帰る渦を探すんだろ? オレらと一緒にいたら、それができなくなるんじゃないか?」
「本音を言うとだ、俺たちは補給が欲しいんだ」
エイタは帽子のドクロマークを撫でた。
「俺たちは海賊だ。物資の調達は奪うが基本だ。だがここには魔王軍を除けば襲ってくる敵がいない。あまり飛空艇が発展していない世界みたいだから、ぶらついていても獲物にぶつかる可能性は低い」
そうなると、船員の食料や物資を、どこからか調達する必要がある。
「たとえば俺らが海賊らしく、おたくから物資を奪ったとする。だがそれだと、手に入れた物資を使い尽くす前に、またどこかを襲わなくてはいけなくなる。だが逆に、雇われれば合法的、かつ継続的に物資を調達できるわけだ」
「なるほどな。まだ、この世界じゃ手配されていないから、略奪しない限りは、一般人だもんな」
ソウヤは理解した。
「オレとしては、さっきみたいなことがあると面倒だ。うちにはドラゴンさんがいるとはいえ、船に傷がついたら以後の活動にも支障が出る。同じ日本人のよしみだ。助力は助かる。問題は値段だ」
用心棒代である。よほど破格な値段をふっかけられでもしない限り、船1隻を雇うに充分過ぎるお金を銀の翼商会は保有している。
「なに、こっちは飯と船を維持するのに必要な物資と、少々買い物するくらいあればいい。同じ日本人のよしみだ。安くしておくよ」
「オーケー。オレ個人としては、エイタ、あんたを信用するが、仲間たちに一言相談させてくれ。それで通れば、あんたたちを雇わせてもらう」
「了解だ。というより、俺も船長権限で言ったことで、まだクルーたちに話していないからな。たぶん問題ないと思うが、連中に説明する時間をくれ」
「わかった」
ソウヤが手を出すと、エイタも握手で応じた。
「それじゃ、また後で」
・ ・ ・
エイタがサフィロ号に戻り、クルーたちに説明している間、ソウヤも幹部級を集めて、海賊船を護衛に雇う話をした。
「――まあ、向こうの世界じゃ海賊ってだけで、ここじゃそうではないけどな」
話を聞いたライヤー、ミスト、ジン、クラウドドラゴン、イリク、オダシューは顔を見合わせ、やがて、ある人物に集中した。クラウドドラゴンが口を開いた。
「どう思います、ジン?」
この中で、彼らと唯一接点がある人物である老人に目が行くのは、ある意味当然だった。
ミストが机に肘をつきながら言う。
「お爺ちゃんは、あの船の得体の知れない女と、ただならぬ関係みたいだけど……信用できるの?」
「リムか? 彼女に関しては信用できない」
ジンはきっぱりと答えた。
「だが、エイタ君やその仲間たちについては信用していいだろう。最近の彼らはわからないが、私の知る限りにおいては、敵意のない者を騙すようなことはしない」
「信じていい、か」
「しかし、あの女は除く!」
ミストが笑った。イリクが首を捻る。
「ジン殿は、あの船と、どのような関係が……? それにリム、でしたか。その女性とは?」
「昔話は興味があるかね?」
「聞かせてくれ」
ライヤーが期待の眼差しを向けた。
「クレイマン王の伝説には興味があるね」
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