第524話、とある世界の海賊の話
ゴールデンウィング号の船内談話室で、ソウヤはエイタと向き合った。レーラが「どうぞ」とお茶を用意した。
この世界に来て、日が浅いというエイタに、ソウヤはこの世界の説明をした。もっとも、ソウヤ自身、異世界人なので、現地の人間であるレーラに地理的なサポートをお願いはしたが。
「簡単に言えば、異世界に召喚された勇者だった。で、魔王を倒したのが10年前だ」
「じゃあ、いまの魔王軍っていうのは、残党か?」
「元はそうだったんだが、もはや残党とは言えないレベルになっているようだ。多数の飛空艇を揃えて、人類への再攻撃の準備を進めている」
「なるほどな……」
エイタは顎に手を当て、考える。
「だが、連中は、もうそこそこ飛び回っているようだが」
「ああ、オレたちもエンネア王国への輸送中に、魔王軍の飛空艇とぶつかった。普通に航行していて連中と遭遇するなんて、思ってもみなかったんだけどな」
「本格的に魔王軍は空を制しにきた……」
「侵攻されていないだけで、すでに連中はすぐ近くにまで侵入してきているのかもしれない」
非常に面倒なことである。状況は、ソウヤが考えているより深刻なところにまで来ているのかもしれない。
対魔王軍に積極的なエンネア王国に飛空艇を輸送しているが、果たしてそれだけで間に合うか。
「へえ、あの船団は、魔王軍に対抗するためのものなのか」
「うちは、いちおう商人なんでね」
「勇者が商人?」
「セカンドライフってやつだよ。初めは行商で……まあ、今でも行商なんだがね。扱うものが飛空艇も含まれるってだけさ」
ソウヤはそこで銀の翼商会について説明する。アイテムボックスを利用した商人であり、行商、輸送業のほか、モンスター討伐やダンジョン探索などの冒険者業もやっていると。
「――まあ、そんなところだ。今度はあんたたちの話を聞かせてくれ」
ソウヤが言えば、エイタは茶をすすった。
「ジン・オンケル……いやクレイマンだったな。彼から俺たちのことはどこまで聞いているんだ?」
「ここじゃない異世界からきたってことと、あの爺さんと過去に何かあったらしいってことぐらいだな。詳しい話を聞いている時間はなかった」
「それは仕方ないな」
「初遭遇から、こうして直接面会だからな」
「なるほど、理解した」
エイタはカップを置いた。
「俺がいたのは、霧の海が世界を覆っていた世界だ。霧の海には浮遊島が浮かび、それを陸地として霧の海と言われる雲の層を飛空艇が水上船みたいに進んでいた」
「霧と雲って、もとは同じものだっけか?」
「……あぁ、話のわかる人がいてくれるってのはいいものだな!」
「なんだ?」
「いやな。俺がいた世界だと、霧の海は霧の海で、雲じゃないっていうんだよ。あれ雲だろ、って言うと波だとほざくんだ」
エイタが苦笑すると、ソウヤも唇の端が引きつった。
「その世界にはその世界の理ってもんがあるんだな。じゃあ、浮遊島って言い方、おかしくないか??」
「いや、霧の海に浮かんでいるから浮遊島でいいらしい。その島も、浮遊する力を失うと霧の海に沈むからな」
なるほど――そういうものなのか、とソウヤは頷いた。隣で黙って聞いていたレーラは、未知の世界の話に驚きつつ、好奇心が疼いているようだった。
根が素直なのか、別世界の話を疑うことなく信じているようだった。
「海賊旗は見ただろうが、俺たちはそっちの世界で海賊をやっていた。霧の海を泳ぐカボチャ海賊団ってな」
「どこから突っ込めばいいかな……」
ソウヤは首を傾げる。
「まず、何でカボチャ?」
「パンプキンヘッド。カボチャの化け物を操っているからな。乗り込んでくる尖兵が俺を除けば、ほとんど人外なんだ」
「へえ、カボチャか」
どんな化け物だろうか、とソウヤは思う。まだ先方の船――サフィロ号を外側からしか見ていないから、よくわからない。
パンプキンヘッド――カボチャ頭を聞いて、最初に浮かんだのがハロウィンのカボチャの被り物だったりする。
「霧の海を泳ぐ、というのはどういう意味でしょうか?」
レーラが質問する。ソウヤは片眉を吊り上げた。
「どこかおかしいか? 海なんだから泳ぐってのは」
「船は泳ぎませんよ。進みますけど」
「ははっ、そちらのお嬢さんの言う通りだな。俺のいた世界では、船は霧の海を進むものだ。霧の海を潜るのは危ないからってタブーなんだけど……」
エイタの海賊団は、平然と霧の海に潜ったのだと言う。ソウヤも霧は雲と変わらず、その中を進むことに恐怖の感情はない。
その世界で怖れられていることも平然と実行するのは、常識が異なる異世界人ならではだろう。
「なんでタブーかと言えば、霧の海はどこまでも深く続く。入ってしまうと方向感覚を失い、二度と出てこれないから。あと、霧の中に巨大な浮遊魚がいて、それに襲われるからってのもある」
「浮遊魚?」
「霧の海を泳ぐ魚のような生き物さ。大きいのは、浮遊船も襲う」
「そいつはおっかねえ」
「まあ、そういう世界だったってことさ」
エイタは肩をすくめる。ソウヤは思っていた疑問を口にした。
「何で海賊なんだ? そっちの世界のこと、あんまり知らないで言うのもなんだけど、そっちの世界って冒険者みたいなのないの?」
日本人と海賊があまり結びつかないんだよな。マンガやアニメじゃあるまいし。
「冒険者はいるよ」
エイタは答えた。
「未知の浮遊島を探すって、将来、自分の船を手に入れて霧の海に漕ぎ出そう、っていうのが若い男の夢みたいなものらしい」
「じゃあどうして海賊なんだ? 異世界にきて最初に拾われたのが海賊だったのか?」
「古代遺跡から船を手に入れた。それがサフィロ号だったんだがな」
エイタは不敵な笑みを浮かべた。
「古代文明船を手に入れようとする国に狙われてね。指名手配――いわゆる海賊扱いされたから、それならいっそ……って、はみ出し者ばかり集まって、今の海賊団ができたってわけ」
それがなければ、海賊ではなく、冒険者だっただろうな――エイタは言った。
「それは大変だったな」
周りからの悪者認定とはツイていない。ソウヤは小さく頷く。
「それで、エイタたちはこれからどうするんだ?」
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