第523話、勇者と海賊 魔術師と魔女


 ジンがサフィロ号と呼んだ青い飛空艇がゴールデンウィング二世号に近づいてきた。


 魔力眼で観察したドラゴンたち曰く、向こうもこちらを警戒しているが、こちらが仕掛けてこなければ攻撃するつもりはないようだった。


「まあ、多少、揉めるかもしれないが、極力騒ぎにならないようにお願いしたい」


 ジンが、一同を見回して言った。ソウヤはライヤーに振り返る。


「船長。全員にそのように通達」

「了解」


 ライヤーが船内通信機で、乗組員たちに伝えた。ソウヤはジンの隣に立つ。


「まさか堂々と海賊旗を掲げている船に横着けを許す日が来るとはね……。爺さんは、あの船のクルーのことは知っているのかい?」

「ああ、変わっていなければね」


 老魔術師は肩をすくめる。


「果たして、いつぶりになるのかな?」


 ゴールデンウィング号は、右舷の安定翼を畳み、接舷に備える。サフィロ号もまた左舷の翼を後ろへと折りたたんだ。


 サフィロ号のブリッジに、いかにも海賊船長らしい格好の男がいた。


 ――意外に若そう。


 第一印象はそれ。20代半ばくらいか。顔立ちは東洋人のそれ――ひょっとして日本人ではないかと思った。


 他には、金髪の女性士官と黒髪の女サムライがいて……操舵輪を握っているのは青髪の美少女。


 ――若い。


 外見だけで言えば10才くらいに見える。エルフとか、長寿種族なら姿で年齢はわからないのだが、初見の感想としては若すぎる、である。


「おーおー、あの黒猫っぽい生き物。猫じゃないわね」


 ミストが、あちらのブリッジ――その手すりに座っている黒猫らしきものを見て言った。

 クラウドドラゴンとアクアドラゴンも目を細めた。


「ええ、只者ではないわね」

「……すっごく、敵意飛ばしてきているんだけど!」

「大丈夫なの、お爺ちゃん?」

「まあ、何とかなるだろう」


 ジンは適当な調子だった。


 やがて双方の船が並び、互いにロープを投げて固定した後、橋がかけられた。



  ・  ・  ・



「相木ソウヤ」

「晴藤エイタ」

「この世界に召喚された、一応元勇者」

「とある世界に召喚され、海賊をしている一般人」


 互いに日本語で話して自己紹介。ソウヤは、エイタと名乗った海賊船長と握手を交わした。


「お互い異世界召喚された身か。こういう出会いもあるんだな」

「まったくだな」

「さっきは、魔王軍の連中と戦っていたな。助かったよ。おかげで船団は無事だ」

「なに、こちらも魔王軍には喧嘩を吹っ掛けられて、戦争状態だからな。もし恩義に感じているなら、何か奢ってくれ」


 さらに相手のことを聞こうとするソウヤだが、周りがそれを許してくれなかった。


「ジィィーン……!」


 黒猫らしきものが怒りを含んだ声を発しながら突っ込んでくる。その先にいるのは我らが老魔術師のジン。


「やあ、リム」


 ジンが穏やかに黒猫の名前を呼ぶと、その黒猫がみるみる形が変わり――


「え……?」


 ソウヤは目を疑った。

 猫だったものが、黒髪をなびかせた少女の姿に変わったからだ。彼女はそのままジンの胸に飛び込んだ。


「もう、どこに消えたのよ、ジン・オンケル! 探したのよ!?」

「そうかい? 探す手間を掛けないように、派手に虚空の彼方へ消滅したはずだったのだが……」


 ジンが苦笑混じりに言えば、リムは不敵な笑みを浮かべた。


「フフン、アナタが死ぬものですか。アタシと同じ、不老不死の存在!」

「人に聞こえる場所ではやめてくれないか」

「だ・か・ら・よ。……酷い人。アタシを置いて消えてしまうなんて。アナタには言いたいことが山ほどあるんですからね!」


 甲板にいた銀の翼商会のメンバーの注目を集めつつ、リムは続けた。


「まずひとつ。この首輪を外しなさい」


 彼女は自分の首についている首輪を指さした。


「却下。君が完全に更生したら勝手に外れる。他には?」

「くっ……。次、ディアマンテを返しなさい。あれはアタシの船よ?」

「違う。あれは私の船だ」


 素知らぬ顔で言い放つジン。リムは老魔術師の顎髭を掴んだ。


「三つ目。今夜アタシと寝なさい。もちろん、昔の姿でね」

「さて困った。私は魔女と寝る趣味はないんだが」

「このアタシに向かってよく言うわ。昔のアタシだったら殺していたわ」

「だからその首輪が必要なんだろう? 霧の海の魔女」

「……ダメ?」

「可愛くお願いしても駄目。……添い寝くらいはしてあげよう」

「そのまま食べてしまっていいということね!」


 などと、ふたりは言葉を交わす。ソウヤは、正直その会話についていけなかった。


「……なあ、エイタ。あのリムって子は、いつもああなのか?」

「まさか。ああいうのを見ると、普段よっぽど猫被っているんだなってわかるわ」

「ああ、黒猫っぽい姿をしていたしな」

「確かに。俺も最初、リムが人型に化けた時はビビった」


 どこか呆れを露わにするエイタである。


「それにしても、あれでジンなのか?」

「ジン・オンケルだっけか? あんたたちの世界では、そう名乗っていたのか?」

「その口ぶりだと、この世界じゃ違う名前っぽいな。ついでに俺たちの知っているジンは、あんな老人ではなかった」

「ジン・クレイマン。この世界じゃ伝説の魔術王とか言われていたらしい。……5000年くらい前に」

「へえ、思ったより長生きしているな。そりゃ老けるわけだ」


 エイタは笑った。


「俺たちは、この世界の住人じゃない。わけあって、この世界に迷い込んだってところだ。来た早々、魔王軍と名乗る魔族連中に喧嘩を売られてね。それ以外のことをよく知らないんだ。異世界人同士、何かの縁だ。色々聞かせてもらってもいいか?」

「もちろん。オレもあんたたちの話は聞きたい」


 ソウヤは、ゴールデンウィング二世号の船内にエイタを誘った。

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