第522話、彷徨う海賊船


『魔王軍の船を攻撃している船は、海賊船のようです!』


 ゴールデンウィング号のマストの見張り台から、サジーが報告した。


 海上に海賊が出るのはわかる。この世界でも港町などでたまに耳にした。しかし、飛空艇に乗った海賊など、ソウヤは空想の物語の中でしか知らない。


 ――まあ、飛空艇がある世界なんだから、なくはないのか。


 飛空艇自体、とても希少で、空を飛ぶ海賊の話はこれまで噂でも聞いたことはなかったが……。


 青い飛空艇――海賊船は、魔王軍の船を次々に戦闘不能ないし撃沈に追いやった。奇襲したとはいえ、たった1隻で、4隻の敵を撃破したのだ。


「手慣れているな」


 まさに完璧に近い襲撃だった。それだけあの海賊たちは経験豊富なのがわかる。


「あれはサフィロ号だ」


 ジンは言った。


「ライヤーの言った通り、あれの同型艦が、私のコレクションの中にある。もっとも、私が保有しているのは、あれのコピーだがね」

「つまり、あっちの船がオリジナル?」

「そういうことだ」


 老魔術師は手すりに手を置き、眉をひそめた。


「だが、本来この世界に存在しない船なのだがね」

「この世界に存在しない船?」


 ミストとクラウドドラゴンが顔を見合わせる。ライヤーは首を捻る。


「どういうこった?」

「別世界の船――そういうことか、爺さん?」


 ソウヤが言えば、ジンは頷いた。


「何故こちらの世界に現れたのか、さっぱりだが……」


 そこで、老魔術師は動きを止めた。その様子にソウヤは怪訝な顔になる。


「爺さん?」

「……」

「ソウヤ――」


 ミストが顔をしかめる。


「強い魔力の波動が……あの青い飛空艇から飛んできているわ」

「魔力の波動?」


 ますます分からなかった。



  ・  ・  ・



 海賊船『サフィロ号』、そのブリッジにいた青年船長エイタは、部下たちが魔王軍の船の制圧を果たしたことに満足していた。


 手下のパンプキンヘッドは魔族兵を排除した。切り込み隊長である椿は、敵の指揮官を討ち取り、こちらの被害は軽微。あとは海賊らしく、敵の船の物資を回収するだけではあるが……。


「船長」

「どうしたヴィオラ?」


 長い金髪に、吊り気味な目の瞳は紫色。端正な顔立ちの女性――サフィロ号副長であるヴィオラは、一点を指さした。


 魔王軍が襲おうとしていた船団の船だ。離脱する他の船とは別に、迎撃しようとしたらしい1隻が留まっている。


「あちらの船は、どうします?」

「どうって……」


 エイタは視線を、そちらの船へと向けた。


「こっちは海賊旗を掲げているんだぞ。普通は逃げるでしょうよ」

「その様子もありませんけど」


 ヴィオラは、事務的に言った。


「こちらを警戒しているのかも。魔王軍に備えて戦闘態勢をとっていたようですが、そのままですし」

「俺たちが追ってきたら迎撃しようって魂胆かな?」


 ――このサフィロ号にサシで勝てる船なんてそうそうないがね。


 エイタの肩に乗っていた黒猫のようなものが飛び降りた。


「ねえ、エイタ。あの船、盛んに魔力をこっちに飛ばしてるよ」

「そうなのか、リム?」


 少女のような声を発する黒猫のようなもの、リムは手すりに飛び乗った。


「何か強いヤツがいるね。……それも複数。人間じゃないものもいる」

「人間じゃないもの? 魔族か?」

「んんっ!?」


 リムが突然、声をあげて前のめりになる。落ちる――と思いきや、ヴィオラ副長が両手で掴んで事なきを終えた。


「気をつけてください、リム」

「どうしたんだ、リム?」

「エイタ、あの船、乗りつけて!」


 リムが声を上擦らせた。いつもは飄々として、周りのことでもどうでもよさげな態度を取る彼女にしては珍しい。


「あいつがいる! アタシのディアマンテを持ち逃げした魔術師が!」


 ディアマンテと聞いて、エイタもヴィオラも苦い顔になる。彼らにとっては、少々因縁があったからだ。


「魔術師って、あの人のことを言ってるんだろうけど――」

「そう! アタシにこの首輪をつけやがった、あいつ!」


 猛るリムに、やれやれという顔をするヴィオラ。その目が『どうします?』と船長であるエイタに向いた。


「でも、その首輪のおかげで、お前は更生できたじゃないか?」

「そうだけど! そうじゃなくて! いいから、あの船に、あいつがいるんだから、乗りつけるんだよ!」


 リムは喚き、エイタはうんざりする。


「わかった。わかったよ。でもなあ、リム。ここは異世界だぞ。確かにあの人は生死不明だけど、こんなところにいるわけないじゃないか」

「行くのよ! エイタ!」

「はいはい。……じゃあ、とっととカボチャたちを引き上げさせてくれよ」


 うむ、とリムが目を閉じると、漂流する魔王軍飛空艇から、カボチャ頭たちが飛んで戻ってきた。


「おっと、私も忘れないでほしいでござる」


 女サムライ――椿が、こちらも人間離れした跳躍で戻ってきた。――まあ、人間じゃないんだけどな。


「サフィー、針路変更。あちらの船に向かって前進!」

「よーそろー!」


 操舵輪を握る少女――船と同じ青い髪の少女は元気に返事した。椿が、エイタの隣にやってくる。


「今度はあの船を襲うのでござるな。……只ならぬ気配を感じますな。我が刃が疼くでござる」

「こっちとしては戦う理由はないんだがね……」


 エイタはマストの上をチラと見上げる。


「海賊旗……見えちゃってるよなぁ、やっぱり」

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