第515話、死への眠り


 世の中、そうそう上手くはいかないものである。


 魔王軍という最悪を阻止するために行動し、飛空艇を手に入れるなど順調に進んでいたのだが……。


 ソウヤとジン、ミスト、クラウドドラゴンが、地下造船所の穴とやらに行くと、オダシューとカマルら数名とフォルスとヴィテスがいた。


「ソウヤ、まずいことになったぞ」


 カマルが苦い顔をした。


「先行したカーシュたちと連絡が取れない」

「何だって?」

「よろしくないわ、お父さん」


 少女姿のヴィテスが努めて冷静に言った。一方のフォルスはドラゴン姿で、ウロウロしている。落ち着かない様子だ。


「影竜ママとの念話も切れた」

「何かあった、ということか」

「死んではいないと思うけれど……状況が掴めない」


 ヴィテスは表情を曇らせる。大人思考を持つとはいえ、母親のことは心配だろう。


「ミスト」

「わかったわ」


 魔力眼を使って、穴の中を探るミスト。後ろでジンとクラウドドラゴンが顔を見合わせている。


「この地下は、何があるんです?」

「さて、私は知らないな」


 老魔術師は腕を組む。


「造船施設とばかり思っていたが……そもそも、ここに横穴が空いているなど知らなかった」

「さらに遺跡があるってことか?


 ソウヤは振り返る。


「スケルトンってことは、墓地とかあるか?」

「造船施設のさらに奥に墓地か……不吉だね」


 作業で死んだ者を埋葬していたとかだろうか。いや、それなら別に地下でなくても地上でもいいのではないか。


 考えるソウヤたちの後ろから、ソフィアとリアハが走ってきた。


「お父様たちが行方不明なんですって!?」


 ゴールデンウィング号のほうにいたのだろう。調査に向かった者たちが音信不通になったと聞いてやってきたのだ。


「いま、ミストが魔力眼で探している。……どうだ、ミスト?」

「中はかなり広いわ……」


 ミストは視線を宙に固定したまま答えた。


「スケルトンが徘徊してる……。数は多いけど、ただ歩いているだけみたい」

「ヴィテス」


 クラウドドラゴンが子供ドラゴンを呼びつつ、ミストの肩に手を触れた。ソウヤは以前、それを見た。魔力眼の景色を共有することでヴィテスに影で地図を作らせていた。


 そのヴィテスもクラウドドラゴンの意図に気づき、クラウドドラゴンの手を握ると、マップの作成を始めた。


「……なるほど、こりゃ広いな」


 横穴は通路と繋がっていて、その通路を行った先に大部屋があり、さらに別方向へ伸びる通路と部屋の繰り返しになっていた。段々内側へ向かっているようだが」


「一階分、下に下りる」


 階段で行き止まりらしく、下へ。


「見つけた!」


 ミストが声を張り上げた。


「倒れているわ。カーシュと、探索に行ったメンバーだわ」

「まさかやられたのか?」


 もう死んでいるとかやめてほしい。ソウヤの心臓がこれ以上ないほど張り裂けそうになる。


「……生きている……ええ、生きているわ。呼吸してる」


 ミストは言った。


「まるで眠っているよう……どういうこと?」

「骸骨が彷徨っているところで寝るとか、普通じゃないですよね」


 セイジが不安げに言った。ソフィアが口を開いた。


「お父様は!? いるの?」

「ええ、倒れているけど、怪我もしていない。ただ眠ってる」

「どうして……」

「魔法の類い」


 ジンが顎髭を撫でながら考える。


「呪い。あるいは睡眠性のガスが充満しているのかもしれない」

「ガス?」


 ソウヤは首を捻る。老魔術師は眉をひそめた。


「正確なところはわからないが、入った者を眠りに誘うものが下の階層にあるのだろう」

「ねえねえ、おかーさんは?」


 フォルスが落ち着かずに聞いてきた。ソウヤはなだめるようにその頭を撫でてやると、ミストが「いた」と呟いた。


「影竜も寝ているわね……まったく、ドラゴンのくせにだらしないわ」

「ドラゴンさえ眠らせる何かがあるのだろう。スケルトンはいるかね?」


 ジンの問いに、ミストは顔をしかめた。


「いるわ。でも、特に何かするでもなく、突っ立ったり、徘徊しているわ」

「スケルトンだから、眠りを受け付ける器官がない」


 ジンは、ソウヤへと視線を向けた。


「中はドラゴンさえ眠らせる。ガスなどならマスクで多少時間が稼げるが、それ以外の作用で眠ってしまう場合は、救出に向かった者から片っ端から眠って二重、三重遭難となる」

「ドラゴンさえ眠らせるから、恐ろしく効果がある睡眠だ」


 かといって、あのまま放置というわけにもいくまい。眠り続けて飲み食いできず、やがて衰弱死――影竜はもっと長い時間眠っていても問題ないだろうが、カーシュやイリク、人間は無理だ。


「せめて魔法なら、対策もしようがあるが、何が作用しているのかわからんことにはな」


 ジンが腕を組んでいる。人間はダメ。ドラゴンもダメ。そうなると――ソウヤは振り返った。


「セイジ、ライヤーに行ってフィーアを呼んでこさせろ」

「あ、はい!」

「爺さん、確か赤毛のメイドがいただろう?」

「ヴェルメリオ」

「彼女も呼べ。機械人形なら、スケルトンと同じく魔法やガスなどは影響しないはずだ」

「名案だ。――ヴェルメリオ。ここにいるメイドたちを連れてこちらへ来てくれ」


 さっそく通信機で連絡を取るジン。


 ソウヤは一息つく。機械人形たちがここにいてくれてよかった。でなければ、どうしたものか、いまだ案も浮かばなかったかもしれない。


 それにしても、この横穴の奥にあるものは、いったい何なのだろうか。

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