第512話、飛空艇関係のあの件について


 リッチー島は、東の海に浮かぶ小さな島だ。


 かつて存在したトルドア帝国の東方辺境にある拠点があった場所である。島は周囲を断崖絶壁で囲まれており、海上を行く船では上陸できない。行き来するには飛空艇などの空を飛ぶ乗り物が必要だった。


 中央に山がふたつあり、それに挟まれる格好で飛空艇の発着場がある。その地下には多数の飛空艇を収めた格納庫と建造ドックがある。


 販売用としてまとめる作業が進められる中、ソウヤたちは少し時間が空いてしまっていた。


「トルドア帝国かぁ……」


 ライヤーは、かつて滅びた帝国に思いを馳せる。


「5000年前にこんな設備をもった大帝国が存在していたなんて……」


 研究者の血が騒ぐようだった。

 ソウヤは、その時代を知るクレイマン王こと、ジンに尋ねた。


「天上人に戦いを挑んで滅びたって聞いたが……」

「強大な軍事力を背景に世界征服を目論んだ。その野望自体はそれほど珍しいことはない。力を持った権力者の多くが勘違いし、暴走する。よくあることだ」


 ジンは遠い目になる。


「しかし、彼らはやり過ぎた。征服した土地を蹂躙し尽くした。それはそれは凄惨なものだったよ。傍観者でいた私が直接介入を決意させるくらいには」


 多くの人間や亜人が死んだ。自分たちの利益のために人と国を破壊した帝国。それは天上人の王であるジンを怒らせたのだ。


 ライヤーが振り返った。


「それで、ジイさんの怒りを買ったトルドアは滅びたってわけか」

「彼らは恨みを買いすぎた」


 老魔術師はため息をつく。


「私は帝国の軍勢を打ち砕いたが、その後、解体し滅亡させたのは、当時の人間や亜人たちだった。親兄弟、あらゆる者を奪われた者たちの復讐は徹底的であり、因果応報としか言いようがないほど徹底的に潰されたよ」

「……」

「もしよければ、5000年前の記録が、私の浮遊島にあるが……見るかね?」

「5000年前の記録!? マジかよ! 見たい!」


 ライヤーは鼻息も荒く頷いた。歴史研究者にとっては、歴史そのものの記録だ。何が何でも見たい代物だろう。


「よかったな、ライヤー」


 ソウヤが言うと、ジンは首を振った。


「何を言っている。君も来るんだよ、ソウヤ」

「は? オレも?」


 わけが分からなかった。ソウヤは戸惑う。


「オレにも歴史の勉強させるつもりか?」

「興味があれば、だな。だが君に来てもらいたいのは別の理由だ。銀の翼商会のリーダーとして」

「わかるように説明してくれないか?」

「2隻目の飛空艇だ」


 ジンはきっぱりと言った。


「銀の翼商会として2隻目を保有しようという話があっただろう? ルガードークで建造しようという流れだったが、エンネア王国がそちらを購入した」


 魔王軍の飛空艇艦隊の侵攻に対抗するために、今は1隻でも飛空艇が欲しい。軍のため、民間発注は後回しにされる状態である。


 しかし飛空艇の建造には時間が掛かるから、王国のためにリッチー島にきて、古代遺跡の飛空艇を確保しにきたのだ。


「ああ、それで当面向こうで船を発注する余裕はないから、爺さんの心当たりで2隻目を作ろうって話だったな、覚えてる」


 ソウヤが頷くと、ジンは片方の眉を吊り上げた。


「作ってもいいが、あまり余裕はないかもしれない。それで私が保有しているものから出そうと思ってね」

「ジイさんのコレクションから!?」


 ライヤーが声を弾ませた。


「おいおい、クレイマン王の飛空艇コレクションから貰えるのかよ!? 凄ぇな!」


 これまた飛空艇好きの彼からしたら、夢のような話だった。当のジンは肩をすくめた。


「こういう状況だからね。人々の平穏のために、というやつだ。だが、ひとつ大きな問題がある」

「問題?」

「今の銀の翼商会の中には、私の浮遊島の存在を知らない者もいる。私がクレイマン王であることもね。そして知られると、色々面倒なことも」


 魔法大会以後に加わった面々はまず知らない。カマルにも報せてはいない。ただカーシュとか、知ってる連中が話している可能性はあった。


 エンネア王国や他の国にクレイマン王の遺跡のことを知られるのが面倒なだけではあるが、今のところ王国がその点に触れてこないので、おそらく知られていないと見ていいだろう。


 かの王の遺跡を知れば、手に入れようと動くのは容易に想像がつく。最悪、王の遺産を巡って、魔王軍の危機を前に内輪揉めに発展する恐れがあった。


「そこで、君と私、そしてライヤーだけで浮遊島に行こうと考えている。仲間たちには悪いがこっそりとな」

「オレは面倒は嫌いだ」

「おれも同感」


 ソウヤに続き、ライヤーも頷いた。


「でも、どうやって行く? ゴールデンウィング号では行けないぜ? 他の連中に気取られる」

「私の浮遊島を知っている者なら別にいいんだ」


 ジンは言った。


「実は、私の浮遊島は、このリッチー島近くに移動させてある。だから島の偵察も兼ねて、ミスト嬢とクラウドドラゴンの背に乗って行こうと思っている」

「なるほど。ドラゴンなら飛べるもんな」


 浮遊ボートという手もあるが、あれより断然速い。しかしライヤーは首を横に振った。


「待て待て、ドラゴンの背に乗るって簡単じゃねえぞ? おれだって乗りたいけど、ドラゴンが背に乗せるのは深く信頼する者だけだ。ボスとミスト嬢はともかく、ジイさんやおれは……」

「お前は、アイテムボックスに入れて連れていってやるよ」


 ソウヤは口もとを皮肉げに曲げた。ミストはソウヤを背に乗せること自体は問題ない。これまでもそうだし、話せば喜んで運んでくれるだろう。


「爺さんは、クラウドドラゴンか?」

「銀の翼商会の守護竜様だからね。お願いするとしよう」


 しれっとジンは言ったが、影竜曰く、クラウドドラゴンはジンを神竜と見ているという。おそらく乗せてもらえるだろう。


 ジンは言った。


「善は急げだ。ここでの準備が整う前に出掛けよう」

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