第511話、Tの遺産


 ゴールデンウィング二世号はエンネア王国を離れて、東の空を飛んでいた。


『実は、君がダンジョンにいた頃、私は一度、浮遊島に戻っていてね』


 ジンはそう告白した。


『魔王軍が侵攻を開始してしまった時に、対抗できるよう古い工房を稼働させた』


 何でも5000年前の地下の大造船所だという。ソウヤが留守の間も、他の面々はそれぞれ仕事をしていたということだ。


「さすがは伝説に名を残す王様だよな」


 ライヤーは操舵輪を握りながら言った。


「銀の翼商会のスポンサーは伝説の魔術王だぞ」

「まったくな」


 ソウヤは船橋横の張り出しから望遠鏡を覗き込む。


「あの島か?」

「あのジイさんの言うとおりならな」


 正面に見えてきたのは、海に浮かぶ孤島だ。ジンが言っていた旧時代の大造船所がある島らしい。


「普通の島にしか見えないけどな」

「だから、誰にも見つけられなかったんだろう?」


 ライヤーは笑った。


「あのジイさん、絶対、まだまだ色んなモン、この世界の至るところに隠してるぜ」

「こんなの序の口ってか?」

「世界中の富を手に入れた天空人の王様だぞ。飛空艇の数だって、百や二百じゃねえ。四桁の数の飛空艇を持っていたって聞いても驚かないね」

「いや、それは普通に驚くだろ」


 ソウヤは突っ込んだ。一千隻の飛空艇が並んでいたら、空が船で見えなくなるのではないか。


「確かにな。ぶっちゃけ、百でも驚くぜ」


 ライヤーは頷いた。


 ゴールデンウィング二世号は島に近づく。噂の老魔術師が船橋に上がってくる。


「そろそろかな?」

「ああ」

「じきに迎えがくるはずだ。……間違っても撃つなよ?」

「来たぞ」


 ソウヤは望遠鏡を下ろした。


「島から飛空艇だ」



  ・  ・  ・



「ようこそ、リッチー島へ」


 出迎えたのは、赤髪のメイドだった。――何でメイド?


 島から出てきた飛空艇は、ゴールデンウィング二世号を島内へ誘導した。緑溢れる自然。中央にそびえる山が二つ。その中間に施設があり、発着場があった。


 着陸したゴールデンウィング二世号に挨拶にきたのが、赤髪のメイドである。


「ヴェルメリオ」


 ジンが声を掛けると、「我が主」と頭を下げた。


 ライヤーは老魔術師を見た。


「なあ、このメイドさん、ジイさんの島にいた機械人形?」

「そうだ」


 ジンは頷いた。


「造船所はどうだ?」

「はい、主様のご命令に従い、ドックはすべて稼働状態に致しました。ただいま保存区画にある予備船の保存を解凍中。ただちに10隻を引き渡しできる状態です」

「結構。電撃砲の製造ラインは?」

「こちらも問題ございません。それとは別に、予備分200門がパッケージ済みです」

「よくやった」


 ジンはヴェルメリオを労うと、ソウヤたちの元へ戻った。


「とりあえず10隻」

「いいね。エンネア王国の主力船の隻数と同数だ」

「見に行くか?」

「もちろん。商品を確認しないとな」


 赤毛のメイドが先導するのを、ソウヤたちはついていく。ライヤーは古い神殿のような内装の内部を見回した。


「なんか、浮遊島のと雰囲気が違うな。クレイマンの紋章もねえし」

「さすが古代文明研究家」


 ジンは笑った。


「ここは、トルドア帝国という5000年ほど前に滅びた国の施設なのだ。天上人に戦いを挑み、破れていた者たちの遺跡でもある」

「本当かよ!?」


 ライヤーがびっくりした。


「てっきりジイさんの作った物かと思っていたのに」

「違うよ。私が勝って手に入れたものだ」

「ひょっとして、T工房のTって、トルドア?」

「そういうことだ」


 ジンは片目を閉じた。


「君たちは私が何でも作ったなんて思っているかもしれないが、物持ちがいいだけだ。そこまで便利にはできていない」


 クレイマン王全盛期は、世界中の富を手に入れたと言われている。ここもそんな手に入れた富の一部なのだろう。


「何でもいいさ。これが人類の役に立つっていうならさ」


 ソウヤは苦笑した。


 広大な格納庫へ到着する。並べられた飛空艇。大きさはゴールデンウィング号より、一回り大きい。しかし帆船型のマストに側面のプロペラ推進のエンジンが複数あるなど、現代で発掘され、使われている飛空艇と大きな差はないようだった。


「側舷に帆が六枚か……」


 ライヤーが呟いた。マストは二本。エンジンは側面に二基ずつの四発だった。


「船首が細くて、船尾へ行くほど大きくなっているな」

「横から見ると速そうだ」

「実際、速いよ。先端が尖っているからね」


 風の抵抗を受けにくい。マストに帆を広げず、側面の補助帆を畳めば、それなりの速度が出るらしい。


 武装は電撃を発射する電撃砲が16門積まれている。一線級の戦闘力を持つ船と言えた。


「オレたちは飛空艇を仕入れた。まずは、エンネア王国」

「そこからグレースランドだな。あそこは魔王軍に攻撃を受けて日が浅いから、話に乗ってくると思う」


 ジンは腕を組んだ。グレースランドと言えば、レーラとリアハの出身国である。


「さらに周辺国に飛空艇をちらつかせる。エンネア王国が魔王軍に対抗するために飛空艇を大量に手に入れていることを絡めて商談を持ちかければ、おそらく食いつくだろう」

「そうやって船を様々な国にばらまいて、魔王軍への対抗戦力を増やす」


 ソウヤが言えば、ジンは頷いた。


「アルガンテ王が呼びかける対魔王軍連合に協力するなら、優先的に値引きして売るといえば、自然とまとまるだろう。人間とは不思議なもので、人が持っているものを欲しがる傾向があるからね」

「商人の力は、世界を動かす、か?」


 ライヤーが皮肉げに言った。


「人類は自然と魔王軍への対抗策を手に入れているってわけだ。ひょっとしておれら、すげえ事やってる?」

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