第510話、銀の翼商会は商人である


 ゴールデンウィング二世号に戻ると、ソウヤとジンは会議室に腰を据えた。


「お帰りなさい」


 レーラが、慣れたようにお茶を淹れる。ライヤーとミストがやってきた。


「城はどうだった?」

「いま軍議をやっているよ」

「攻撃? いつやる? ワタシはすぐにでもいいわよ」

「今それを話し合っているところだよ」


 ソウヤは苦笑する。相変わらず戦闘大好きドラゴンである。船に戻るまでにジンと話していた内容を聞かせたら、ミストはどんな顔をするだろうか。


「対応待ちだが、実際どうなるかわからん。爺さん、説明してやってくれ」

「よかろう」


 ジンは、道中の話をライヤーとミストに聞かせた。反応はそれぞれ異なった。


「そうなるかもな。そりゃ戦いたくないってやつもいるだろ」

「手ぬるい! 魔王軍が攻撃を企んでいるというのに、遅すぎるわ!」

「あくまで予想だ。しかし、各国が共同するにしろ、色々と準備に時間がかかるのは確かだ」


 ジンは相好を崩した。


「だが、ミスト嬢の言うとおり、指導者たちの決断待ちでは手遅れになる可能性も捨て切れない。一度号令を発しても、末端に届くまでにさらに時を消費する」

「なあ、爺さん」


 ソウヤは口を開いた。


「スピーディーに決断した分だけ、早く動ける。それで間違いないよな?」

「ああ」

「なら指導者たちに決断させよう」

「というと? 何か案があるのかな?」


 ソウヤは老魔術師を見つめた。


「もし、エンネア王国に充分な数の飛空艇があったらどうなると思う? 単独で、ジーガル島が落とせる数の飛空艇があったなら?」

「エンネア王国は即行動するだろうね」


 ジーガル島を占領できれば、魔王軍の戦力を減らせると同時に、建造中の敵の兵器も鹵獲できるかもしれない。被害は出るだろうが、戦利品はエンネア王国の総取りとなる。


「そういうことだ。敵の船も手に入れられるかもしれないし、これを見過ごす手もないはずだ。何も他の国の力を借りるまでもない」

「つまり、それって――」


 ライヤーが人差し指を振った。


「エンネア王国に飛空艇を用意するってこと?」

「正解だ。ライヤーに10点」

「でもどうやって?」


 ミストが首を傾げる。


「売りつける飛空艇がどこにあるの?」

「ルガードークで作ろうとしていたやつは、もうエンネア王国が手をつけていたぜ?」


 ライヤーも言い、そこで閃いた顔になった。


「あるわ。ジイさんの浮遊島にあった飛空艇コレクション!」


 かのクレイマン王の遺産。ここにいる者はクレイマンの浮遊島のことを知っている。ジンが過去に製造した沢山の飛空艇の存在も。


 ソウヤはジンに切り出した。


「爺さんには悪いが、あんたが保管している飛空艇を売れないだろうか?」

「私のコレクションに手をつけるか」


 ジンは笑った。


「するとどうなるね?」

「まずは、エンネア王国に飛空艇を売る」


 ソウヤは腕を組んだ。


「ジーガル島攻略のために早々に動いて欲しいってのもあるけど、あの国が多くの飛空艇を保有したら……周辺国も黙っていない」

「飛空艇は国境など軽く飛び越える」


 それが一部の国で大量に配備されたと聞けば、穏やかではいられない。


「事実、魔王軍がそれをやろうとしているが、いまだに魔王軍の復活にピンと来ない連中も、エンネア王国の空中戦力の強化は不安の種になるだろうな。それがたとえ、魔王軍に対抗するためだったとしても」

「実態が定かではない魔王軍よりも、目の前の隣国の軍備には気が気でないだろうね」


 ジンは顎髭を撫でた。ソウヤは頷く。


「そういうことだ。そうなると周辺国も対抗手段を持とうと思うはずだ。だが彼らは自力で飛空艇を建造する技術がない」


 船はできるが、人工飛行石がないから飛ばせない。ミストが笑みを浮かべた。


「その周りの国にも、飛空艇を売りつけるわけね」

「その通り。自国の防衛のために、調達できるならば買わない手はないからな」


 ソウヤの案に、ジンは頷いた。


「なるほど。目の前の不安を煽り、飛空艇配備を各国に促していくわけだ」

「あんまり気持ちのいい話でもないがな」


 軍備強化を促し、武器をばらまくのだから。


「だが結果として、普通にやるより早く、魔王軍の飛空艇軍団への迎撃手段を手に入れられることができるはずだ」


 そのためには、いま動かせる飛空艇が大量に必要だ。今から建造していては間に合わない。そしてその条件をクリアしているのはクレイマン王の遺産しかない。


 かつてのクレイマン王であるジンは、穏やかに笑った。


「商人の力は、時に国も動かす」


 国に戦う力を与え、戦争への道へ進めることもできる力。ソウヤは表情を引き締めた。


「武器は命を奪う。魔王軍の脅威がなければ、できればやりたくはなかった」

「扱うのが兵器だからね。多少心も痛むが、時にそれもやむを得ない」

「まるで死の商人だ」

「敵に売らないだけマシだよ」


 ジンは気休めを言った。


「しかし、飛空艇を売るとなれば、また銀の翼商会は儲かってしまうな」

「売るのは、あんたのコレクションに手をつける代金ってやつだよ。銀の翼商会よりも、爺さんへの補填だな」

「それなら、私からひとつ提案があるのだが」


 ジンはニヤリとした。


「私のコレクションは、正直手放すつもりはない。人類が遊ぶにはまだ早い」


 老魔術師は顎髭を撫でつけつつ笑った。


「しかし、飛空艇の調達には心当たりがある……。銀の翼商会に、とある製造工房を紹介しよう。そこの商品を君たちが取り扱い、売るのは構わない。仮にT工房としておこう」

「T工房?」

「そこにある飛空艇と、それ用の武装を売るといい。それでソウヤの目論見は達成される。……どうかな?」

「それで魔王軍と対抗できるなら、文句はねえよ」


 銀の翼商会は、何でも売る行商。人々を守るために飛空艇を売る。それがやがて、どのような歴史を作ることになっても、目の前の危機に対処しなくてはならない。



  ・  ・  ・



 ソウヤとジンは、再び王城に戻った。


 カマルから軍議が終わったと知らせがきたからだ。ただし、肝心の話し合いについては決まらなかったそうだ。


「やはりというべきか、将軍たちの意見が割れた」


 アルガンテ王はため息をついた。


「私は早く動きたいのだがな。飛空艇での侵攻を提案したが、兵力が少ないことを理由に難色を示された。では海上ルートかと言えば、外海は海の魔獣の支配領域ゆえ、そちらを通過するのは自殺行為とこれまた現実的ではないとなった」

「要するに、飛空艇案しかないが、飛空艇の数が足りないということですね」


 ソウヤはジンと頷き合った。まさにドンピシャ。


「実は、飛空艇を複数入手できるという話がありまして、もしよければ手に入れてまいりましょうか?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る