第509話、その時、人類は――


 エンネア王国王都にゴールデンウィング二世号は到着した。


 カマルが先んじて、ジーガル島の魔王軍拠点の報告を転送ボックスにて知らせたので、ソウヤたちとアルガンテ王との会談は、すぐに実現した。


「由々しき事態だ」


 国王は語気を強めた。


「魔王軍が大飛空艇軍団を作り上げ、再び侵攻してくるやもしれんとは!」

「まだ、準備段階とは思います」


 ソウヤは、ズィトンから聞いた話を交える。


「ただ、確実にその戦力は整えられつつあります。このまま何もせずにいたら、奴らはいずれ攻めてくるでしょう」

「うむ……」


 アルガンテ王は、銀の翼商会が用意したジーガル島の魔王軍拠点の模型を見下ろす。


 ちなみにジンが用意したゴールデンウィング二世号の模型もどきが置かれている。縮尺を合わせているので、敵拠点の大きさが嫌でもわかった。


「できるだけ早いうちに、これを叩く必要があるだろう」


 魔王軍が今も飛空艇を建造しているというだけで、人類にとっては脅威である。


「さっそく、将軍たちを集めて軍議を開く。さらに魔王軍の攻勢の予兆ありと、周辺各国へ知らせねば」


 アルガンテ王は告げた。


 事はエンネア王国のみの話だけに収まらない。魔王軍が空から攻めてくるのであれば、人間の国家はどこも標的になる可能性があるということだ。部外者を決め込むことなど不可能。十年前と同様、人類が一丸となって、この危機に対処しなくてはいけない。


 そんなわけで、アルガンテ王はカマルを連れて、将軍たちと軍議に移った。


 ソウヤとジンは、一度ゴールデンウィング号に戻る。


「エンネア王国は、ジーガル島を叩くつもりだな」

「その流れ自体は予想されたことだ。問題は、どうあの島を攻略するか、だ」


 老魔術師は顎髭を撫でた。


「王国軍が攻略するとしたら、考えられる方法は三つだ」

「聞きましょう」

「一、海上ルートによる侵攻。二、飛空艇を総動員しての空中からの侵攻」

「三つ目は?」

「海上と空中、同時に侵攻だ」


 ジンは薄く笑った。


「まず一の問題点。海上船を集めることができれば、それだけ多くの兵員を輸送することができるが、道中が長すぎる」

「どれくらいかかるんだ?」

「軽く1カ月以上。兵の数や動員される船にもよるが、準備にさらに時間がかかる可能性もある。そしてあまり時間をかけると、魔王軍が攻勢を察知して海上での待ち伏せや奇襲を仕掛けてくる可能性が上がる」

「あまり現実的なプランとは言えないな」

「しかし、投入できる戦力は多くできる」


 老魔術師は首を振った。


「二について。空中移動なので、出撃から現地到着までは数日だ。敵が妨害してくる可能性は低いが、あったとしても空中の敵のみだ。海の敵は無視できる」

「短所は?」

「飛空艇の数が少ないため、現地へ運べる兵員数が必然的に少なくなる。ジーガル島を制圧できるか怪しい」

「オレたちが参戦すれば、話は変わってくると思うがね」


 ソウヤは不敵に笑った。魔王討伐の勇者パーティーは、少数で圧倒的な数の敵を相手にした。


「んで、三つ目は?」

「海上と空中の同時侵攻は、連携できれば一番強力だ。だが足の遅い船に飛空艇が合わせる必要が出てくる。第一案の問題、道中の時間がかかり過ぎる点は変わらない」

「そうなると、第二案が一番マシっことになるのか?」

「敵に時間を与えないという点では望ましいね。我々が協力し、ドラゴンたちが話し合った案も加えれば、補いはつくと思う」


 アクアドラゴンが提案した海上からの津波で港湾施設にダメージを与える案のことだろう。


 だが、ジンの表情は冴えない。


「何か心配か、爺さん?」

「そりゃあ、決めるのは我々ではないからね。エンネア王国がどう判断するかによって話が変わってくる」


 速度より数を頼りにするために海上ルートを選択したり、とか。各将軍たちがどう判断するか。出された意見に対して、王がどうまとめるかに掛かっているのだ。


「それに、周辺国との連携もある」


 ジンは慎重だった。


「もしかしたら、自国の損害を恐れ、周辺国と足並みを揃えてから攻撃に出ようという話になるかもしれない」

「それは、ジーガル島攻略までさらに時間がかかっちまうってことか?」


 ソウヤは苦い顔になる。敵が虎視眈々と準備を進めているのだ。対応が遅れれば遅れるほど、敵はさらに強くなる。


「さらに悪い想像なのだが――」

「まだあるか」


 ジンの言葉に、ソウヤは頭をかいた。


「エンネア王国が魔王軍の襲来の予兆を告げたところで、周辺国がどこまで迅速な対応を取るかが不透明だ。それぞれの国にはそれぞれの思惑がある」

「もしかして、動きが鈍いところがあると?」

「最近、魔王軍に襲われたグレースランドは、おそらくすぐにエンネア王国の呼びかけに応えるだろう。エンネア王国の人間も、魔族のゲリラ攻撃が多かった分、魔王軍との戦争にも積極的なはずだ。だがそれ以外は……正直わからん」


 ジンは眉をひそめた。


「どこかひとつ、魔王軍に直接支配されていれば、十年前の悲劇を思い出して即時対応となっただろうが、平和ボケしてしまった者が足を引っ張りかねないと私は思う」

「あれだけの災厄にあったんだ。魔王軍と聞いて、すぐに立ち上がると思いたいが……」

「それは君が平和な十年を知らないからだよ、ソウヤ」


 老魔術師は冷静に言った。


「君にとっては、魔王を討伐した後の十年は存在していない。数カ月前まで魔王軍と戦っていた、そんな感覚だろう?」

「……」

「しかし、十年も経てば、人間は立場も環境も変わる。王子様は王様になっていて、十年前の新人は中堅や上司の立場になっているが、いまの新人は魔族と戦ったことがない。あの頃果敢だった者も、多くを失った結果、消極的思考になっているかもしれない」


 人の心などわからないものだ、とジンは言った。


「だがな、爺さん。こっちがどうこうしようが、魔王軍はお構いなしに攻めてくるんだぜ?」


 魔族のズィトンも言っていた。魔王軍は再び、人類に対する戦争を仕掛ける。そのための準備を進めている、と。


「我々はそれを知っている。だが多くの人々がそれに対して実感がない。そういうことだよ」


 魔王軍残党としょっちゅうぶつかっているソウヤたちからすれば敵は存在している。しかし、直接被害にあっていない者たちには、魔王軍は過去の存在なのだ。


「まあ、これは悪い想像だ。案外、すんなりまとまって、人類がひとつになる可能性もある」


 ジンはわざとらしく言った。過去の記憶が凄惨であり、鮮明であるならば、彼らは団結するだろう――

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