第508話、先を行く者


 久しぶりに戻ってきたゴールデンウィング二世号。リアハは感慨深いものを感じていた。


 家ではないが、ここ最近過ごしていた場所だけあって、何故かホッとする。


「それで、この1週間どうだった?」


 何よりここには友人がいる。リアハは、隣にいるソフィアを見た。


「とてものんびりした空気だった。終わりのほうは、魔族がいたからピリピリしたけど」

「落差激しいなあ」

「もともと魔王軍を待ち伏せしていたわけだから……。無駄にならなくてよかったと言ったところね」


 ドラゴンたちが魔王軍の拠点を探し、それを見つけたらしい。ゴールデンウィング二世号はその対策について話し合うため、エンネア王国に向かっている。


「それだけ、敵の規模が大きいってことね」

「だよねぇ。私たちって、魔王軍の城も落としたじゃない? いやまあ、ドラゴンたちが破壊したってのが正しいけど」


 ソフィアは目を回してみせる。圧倒的なドラゴンたちの力。そのパワーを目の当たりにすると、やはりドラゴンは地上最強の生物なのだというのが嫌でもわかる。


 恐れを抱くと共に、ああいう力が自分にもあれば――とリアハは思うのである。魔王軍への復讐に大いに役立つだろうに。


「ドラゴンたちはどうだった? ミスト師匠はともかく、影竜の親子も一緒だったよね」

「フォルスは相変わらずだった」


 リアハは微苦笑した。


「子供っていうのはああいうものなのかなって思った」

「あの子は、本当に子供よね」


 ソフィアが黄昏れるような目になった。


「ああいう可愛げがある弟なら欲しいわ」

「嫌いではないけれど、私はもう少し落ち着いた子がいいな」


 式典とか民の前で大人しくしていられる子――などと考えるあたり、リアハは王族目線だったりする。


「ヴィテスは? あの子、めっちゃ大人しいけど」

「あー……」


 リアハは目線を逸らす。


「何というか……今回は、あの人の知らない面も知ることができた貴重な体験だった」

「あの人?」


 ソフィアは怪訝な顔になる。


「何かあった?」

「うん、まあ……ヴィテスは私たちが思っているより大人だった」


 まさか恋愛や自分の立ち位置について説教されるとは思っていなかった。ゼロ歳児ドラゴンなどとは、もう言えない。


「なーんか、隠してるっぽいわね。マジで何があった?」

「……」

「リアハ……? 教えなさいよっ!」

「わっ、ちょっと、ソフィアー?」


 いきなり抱きつかれた。ミストタッチは同性とはいえセクハラである。


「ほれほれ、白状しなさいなー!」

「ど、どこ触ってるのよ!? やめ……」

「くすぐってるだけじゃない」


 笑い声が木霊する。友人っていいものだと、リアハは思う。そういえば、姉のレーラともこんな風にじゃれあったりしたことはなかった。


 年の差があったということもある。10年の月日はその差をほぼなくしてしまったが、だからと言って気安く触れ合える仲とは言えない。間違っても不仲ではなく、好きだし、尊敬もしている。


「それで、あなたはどうだったの、ソフィア?」

「ん?」

「セイジ君との関係は?」


 今度はリアハが逆襲する番だった。ソフィアとセイジが両想いで付き合っていることは、銀の翼商会の者なら全員が知っている。甘酸っぱく、焦れったく、初々しい関係は周囲をヤキモキさせているのだが……。


「聞きたい?」


 ソフィアが余裕ぶって返したことに、リアハはちょっとショックを受けた。彼氏のことについて話す時、ちょっと羞恥で頬を染めたり、声が高くなることもあったのだが。


 ――私がいない間に、何かあった?


 リアハは真顔になる。


「教えないって、言わないでね」

「えー、教えないって言おうと思ったのに」


 凄く楽しそうにソフィアは言うのだ。これはきっと何かあったのだろう。しかもいいことだ。


 自慢したくてたまらない、そう見える。ソフィアは、そういう所でもったいぶる癖がある。


「知りたい?」

「どうしようかなー」

「えー、聞いてよ」


 やはり話したくて、ウズウズしていたようだった。親友のそんな態度にリアハは肩をすくめる。


「仕方ない。聞いてあげましょう」

「私ね、セイジと寝た」

「!?」


 イニシアティブを取ったと思った瞬間、殴られたような衝撃を受けるリアハ。


 ――ねねね、寝たですって!? え、それって、男と女の、その……。


 リアハは動揺が隠せない。そういうのは婚約して、結婚してからするものでは――古い固定概念で考える王女様。


 ――わ、私だって、まだ手しかつないでないのに……!


 とても勇気を出して、ようやくできたのがそれなのに、友人はその先に進んでいた。


「し、したの……?」


 あまりに真顔で問うリアハに、ソフィアは笑みを引っ込めた。実はからかう気満々だったのだが、あまりにリアハが馬鹿正直な反応をしてきたので、反応に困ってしまったのだ。


「うーんと、したかどうかと言われると、たぶんしてないと思う」


 お互い同じベッドで寝た――というのが真相。お互いの昔話をして……そのまま寝てしまっただけなのだが、初心なふたりにとってはとても大きな前進だった。


「そう、胸! 胸をちょこっとだけ触らせてあげたわ!」

「胸ぇ!?」


 リアハは赤面する。じゃれ合いで、女同士でタッチすることはある。だが異性となると話は別だ。恋人と――と考えて赤くなってしまうのはリアハもまた初心だった。


 実はソフィアが寝ぼけて、セイジに抱きついた時に触れただけだったのだが……。それについては黙秘するつもりのソフィアである。――当たったんだからいい思いしたでしょ、ふん!


 そうとは知らないリアハは、先を行く友人を尊敬し、そして羨んだ。

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