第507話、ジーガル島の大軍港
ゴールデンウィング二世号の会議室は、一種独特の空気に満ちていた。
魔王軍の飛空艇を追跡していた影竜の魔力眼は、ついにジーガル島に到達したのだ。
するとミストとクラウドドラゴンも魔力眼を使い、話を聞いてアクアドラゴンがやってきて、ヴィテスも加えて魔力眼による偵察を行った。
つまり、大人ドラゴン4人と子供ドラゴン1人が机を囲んで、虚空を見上げているという不思議空間が出来上がったのである。
「飛空艇が見える。たくさんだ」
「塔が見える。随分と禍々しいわね」
「船……飛空艇が作られている。魔族も大勢いるわ」
ドラゴンたちが見ているものが見えないのがもどかしい。ソウヤとカマルはソワソワしながら、彼女たちの言葉に耳を傾ける。
「海が渦巻いておるなぁ。ゲッ、クラーケンがいるのではないか!」
アクアドラゴンのみ、どこか緊張感がない。レーラがドラゴンたちをよそにお茶を煎れて回る。
「……」
ヴィテスが唐突に視線を落とすと、黒い塊を机に置いた。何やら目を閉じると、黒い塊が何かの形を取り始めた。
ジンが相好を崩す。
「ほう、シェイプシフターを具現化したのか、やるなぁ」
塊だったものが、地形のようなものを形作り出した。カマルが目を丸くする。
「これは、ジーガル島の地形か!?」
ヴィテスが魔力眼で見たものを、形として再現しているのだ。これで魔力眼を使っているドラゴン以外の者にも伝わる。
ジンのシェイプシフターを取り込んだヴィテスだからこそ、できた芸当である。しかしヴィテスも一度に全部を表現できないようで、何度か虚空を見上げては、ジオラマを作るように地形を形成していく。
それに気づいたクラウドドラゴンは、ヴィテスの肩に触れた。
「ワタシの見えているもの、見えるかしら?」
「……助かる」
ヴィテスが、地形づくりに専念した。どういうことかわからないソウヤたちに老魔術師は言った。
「どうやらクラウドドラゴンの見ているものを、直接ヴィテスに流しているようだ。一種のテレパシー、魔法だな」
かくて、ドラゴンたちが見ていたものが、形となった。
ジーガル島の魔王軍大軍港である。
「……これは何とも」
カマルは呆然とする。
「魔境というのか、こんな大きな建造物が存在するのか……?」
軍港であり、基地のようである。城という風情は微塵もなく、近未来の都市に、禍々しい魔族らしい歪な塔や建物がくっついたような現実離れした景観だった。
ジンが、軍港の中でひときわ高いタワーを指さした。
「ここが中枢だろうか。司令施設のように見える」
「バカでかい灯台……というわけではないな」
カマルが腕を組む。造船所には、魔王軍の飛空艇らしきものが並んでいる。
「軽く十隻は建造できそうだな」
「こっちの円形の建物」
ミストが、タワーから少し離れた円形の巨大な建物を指した。
「飛空艇が出入りしていた。この中にも飛空艇が十数隻は収容できそう」
「想像以上にデカいな」
ソウヤは絶句する。あわよくば敵のアジトを突き止めて攻撃なんて考えていたが、この規模はさすがに躊躇する。
「魔族はどれくらいいた?」
「さあ、数えられないくらい」
ミストが肩をすくめれば、クラウドドラゴンが補足した。
「数百ではないな。数千の規模だ。そこらの人間の集落よりも遥かに大きい」
「これは考えなしに突っ込んでどうにかなるものでもないな」
影竜が慎重意見を出した。
「ドラゴンといえど、これを破壊して回るのは難儀だろう。それに魔王軍は、我らドラゴンをも無力化させうる痺れ玉を持っている。迂闊に突っ込めば、返り討ちもあり得る」
「痺れ玉?」
「痺れ玉。かなり効くぞ」
ダンジョン待機組の魔族兵が携帯していた『サンダーボール』という武器だ。少人数の斥候を襲った影竜が食らって、かなり痺れさせられた。
クラウドドラゴンが、アクアドラゴンを見た。
「どう思う?」
「んー。まあ、海に面しているから力集めて、ぶっ放せばでっかい被害は与えられるだろ」
要するに津波を起こしてぶつけようという作戦である。
「ただ、あそこまでの規模だとなぁ。波一回で全滅は無理だろ」
不機嫌そうにいう青髪ツインテール少女姿のアクアドラゴン。ジンが建造ドックの並ぶ一体をなぞった。
「大津波で、港湾施設にダメージは与えられる。復旧作業の合間なら攻めやすくなるだろう」
「だが、やはり戦力不足は否めない」
カマルは一同を見回した。
「銀の翼商会の戦力がいかに強力でも、これを制圧するのは不可能だろう。敵の数が多過ぎる」
ドラゴンのゴリ押しでも、相応の犠牲を覚悟せねばならない。それでもなお確実に攻略できるかと言われれば断言はできない。
「私は一度、エンネア王国に相談すべきだと思う」
「まあ、何もオレたちだけがやらなければならないってこともないよな」
ソウヤはカマルに同意した。
銀の翼商会は、荒事もやる冒険者集団でもあり、ソウヤは元勇者である。魔王軍と聞けば率先して戦ってはきたものの、何でもかんでも最前線で戦わなければならない義務はない。
アルガンテ王に相談というのは現実的な話と言える。あの王なら、ソウヤたちだけで島を落とせ、とか無茶は言わない。近いうちに来る脅威として、王国中の飛空艇を集めての攻略大作戦があれば、それに加わってほしいと言われる可能性は高いが。
「いかにも不足だな」
ジンが腕を組んで考えている。
「こちらでもできる手は打っておくべきだろう」
「爺さん……?」
老魔術師は答えない。具体的に何を指しているのかはわからない。しかし過去、クレイマン王としてこの世界で一大勢力を築いた男である。あるいは、彼の浮遊島にあった遺産のことを言っているのかもしれない。
カマルが沈黙を破った。
「ひとまず、エンネア王国へ。どうだろうか? ソウヤ」
「異議のある者はいるか?」
ドラゴンたちは首を横に振った。異議なしと認める。ひとまずジーガル島は保留だ。
「では、王国に戻る」
針路、エンネア王国! ゴールデンウィング二世号は速度を上げて、テーブルマウンテンより離脱した。
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