第487話、魔王軍がやってきたら……
ダンジョンの隠れ家に住むようになって3日目。
ソウヤ以外の仲間たちも、現代的な生活にすっかり馴染んでいた。
初日で、レーラはここの家電を使ってお茶を入れられるようになっていたが、リアハも自分でお茶を沸かすようになり、料理作りも手伝うようになった。
ミストは相変わらず、文明の利器を堪能していた。
意外なことに影竜がお風呂にはまったらしく、毎日、複数回利用するようになった。結果、ミストと風呂の時間を巡って争うようになり、またひとつ仲良く喧嘩する場面が増えた。
フォルスとヴィテスは、昼間は影竜と共に森に入って、修行や魔物狩りをしていた。フォルスは相も変わらずやんちゃで、日々の修行も楽しくやっていたが、ヴィテスは何を考えているのか理解に困るほど淡泊であり、どこか冷めていた。
普段からドラゴン形態を好んでいるが、ソウヤは見た。ヴィテスが人がいないところで人型になり、こっそり魔法を使って散歩をしているのを。
空中を歩いているように見えたそれは、魔法で足場を作っていたのだが、その姿はどこかクラウドドラゴンを連想させた。
――どうする、影竜。子供たちはお前に全然似ていないぞ。
それはさておき、今日も魔王軍は現れないかと、ソウヤは空を見上げる。ここ数日の定番である隠れ家の上で。
その時、視界にミストが過った。
「よう、ミスト。お帰り」
「ただいま」
翼をしまうとミストは、ソウヤのそばにやってきた。
「一応、魔王軍の城跡も見回ってきたけど、報告することはないわ」
「平和だなぁ。普通なら平和が一番なんだが――」
「この場合はどうかしらね」
ミストは肩をすくめた。そこへひょっこりレーラが顔を出した。
「お帰りなさい、ミスト様。お茶ありますよー」
「いつも悪いわね」
「いえいえー」
いつも通りの聖女様である。浮遊ボートのヘリに腰掛けたミスト。ソウヤは口を開いた。
「魔王軍の船が来た時の対応なんだけどさ、お前はどう考えてる?」
「何?」
「オレたちは連中を待ち伏せているわけだが、いざ敵が来た時どうするのって話。してなかっただろう?」
「そうね」
「きちんと意思疎通しておくのは大事だ」
何のために敵を待ち伏せているか。魔王軍の本拠地に繋がる情報を掴むためである。
ここには飛空艇に必要な装備、そして飛空艇自体の建造をしていた施設があった。そこと連絡を取り合う場所が、そこらの前線拠点のはずがない。
やってくる魔王軍は本拠地か、あるいは重要拠点と繋がっている可能性が高い。
「普通に考えたら、どんな船で来るにしても、こっちより人数は多いわよね」
ミストは空を見上げた。
「少人数なら制圧して何人か捕虜を取って尋問するって考えたけれど……」
「大人数だったら?」
「連中に手を出さずに追尾するってところかな?」
「よかった。人数の如何に問わず、とりあえず制圧――じゃなくて」
「あなたはワタシを何だと思ってるの?」
「ドラゴン」
ついでに戦闘狂。バーサーカー。やってしまってから考えるタイプ。
「そういうあなたは?」
「オレか? オレは、人数に関係なく追跡を選ぶね」
ソウヤはミストを横目に見た。
「ただし、直接追いかけず、ミスト。お前の魔力眼で連中がどこへ行くのか見届けてほしい」
「魔力眼で……? なるほど」
上級のドラゴンの持つ千里眼、ないし魔力の目。その力で体を動かすことなく遠方を見ることができる。
ぶっちゃければ、ミストはわざわざ自分で飛んで偵察に出ているが、本当なら魔力眼が事足りるのである。
「一番安全な方法ね」
「こちらが追尾していることに気づかれず、一方的に『見る』ことができるからな」
安全第一。スパイするにもリスクは最小限に。
「まあ、いいんじゃない」
ミストはクスクスと笑った。ソウヤは彼女を注視する。
「不満はないか? 本当は暴れたいとか?」
「あなたの中のワタシってそういう評価なの?」
少々不満そうに口を尖らせるミスト。
「大丈夫よ。憂さ晴らしなら、そこらのモンスターで晴らしているから」
「おー、怖」
ミストがわざわざ直接偵察に出ているのは、憂さ晴らしも兼ねてのことだったらしい。
「何も心配することはなかったか」
「ワタシのことより、影竜んとこを心配しなさいよ。あいつらに余計な手出しをするなって言っておいたほうがいいんじゃないの?」
「影竜か……」
「あいつ自身、魔族に対して沸点低いし、子供が絡んだらなおのことよ。大人しいヴィテスはともかく、ちょろちょろしているフォルスが余計なことをしないかも心配」
ミストの指摘に、ソウヤはそれもそうかと思った。子供に何かあれば激怒するのはドラゴンも同じ。そして幼い子供の行動というのは、時に予測の難しい事件を引き起こす。
思い立ったら吉日。ソウヤは通信用魔道具を取り出して、顔をしかめた。
「……あいつらにも通信機を持たせておくべきだったな。ミスト、念話で知らせてくれるか?」
「今? 嫌よ。ワタシからあいつに念話なんて」
ミストはそっぽを向いた。こういうところは素直に仲の悪さを感じる。
「それじゃあ、仕方ないな」
ソウヤは立ち上がる。ミストがじと目になった。
「なに、出掛けるの?」
「こういうのはさ、後で話そうとか思ってると大抵、手遅れだったり後悔するものなんだ」
魔王軍のお使いがいつ来るかわからない。今この瞬間にも現れるかもしれないのだ。最悪の展開は回避すべし。やって無駄になることはないが、やらずに後悔することは断固避けたい。
「影竜たちは、森のどこだ?」
「仕方ない。乗せてってあげるから」
ミストは霧竜の姿に変わる。白き神々しいドラゴンがしゃがんで、ソウヤに乗れと言っている。
「いや、お前が念話で呼びかければ済む話なんだが……」
わからない。こっちのほうが手間だろうに。
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