第488話、何とかの法則


 ミストドラゴンの背中に乗って、ダンジョンの空を飛ぶ。


 影竜親子はどこかな、とソウヤは見渡せば、ミストは迷うことなく一直線に飛んでいく。


「わかるのか?」

『そりゃあ、さっき見回った時に見かけたからね』

「なるほど」

『それに、魔力を辿れば大体の場所はわかるものよ』


 深い森の上をドラゴンは飛ぶ。はためく風。と、メキメキと倒れる大木が見えた。


「あそこか」

『あそこね』


 ミストは速度を落とす。少し開けた場所に漆黒ドラゴンの親子の姿があった。


 あれだけ派手にやってもモンスターが寄ってこないのはドラゴンに恐れをなしているからか。


 子供ドラゴンが倒した木をバキバキに折っている。――あーあー、もったいない。


『あれー、ミスト姉ちゃんだー』

『ソウヤか』


 フォルスと影竜がそれぞれ気づいた。


『こんなところに来て、何かあったのか?』

「いいや、ちょっと見回り中だよ」


 着地したミストの背から声を掛けるソウヤ。自分以外ドラゴンだらけである。


「確認し忘れていたことがあって、何かある前にと思ってな」

『何だ?』

「魔族の飛空艇がやってきた時の対応」

『魔族ってわるいヤツらなんだよね!』


 シュッ、シュッ、とフォルスは腕を振った。


『やっつける! ブレスで燃やしちゃうよー』

「ダメダメ、見つけても手を出すなって言いにきたんだ」

『連中のアジトを見つけるため、だったか?』


 影竜が重々しい調子で言った。ドラゴンの姿だと思慮深く見える不思議。


「そういうことだ。だからよっぽどのことがない限りは、連中が現れても見つからないようにしてくれ」

『フン、つまらん』


 影竜は鼻をならした。


『向かってきたら返り討ちにしてもいいのだろう?』

「避けられないならいいが、できればそうならないようにしておいてくれって話」

『承知した。奴らが現れても、大人しくしているとしよう』

『えー、やっつけないのぉ』


 フォルスが残念そうな声を出した。影竜が窘める。


『そういうことを言うと、ソウヤに嫌われるぞ』

『えー、やだー』


 そういうなだめ方があるのか――ソウヤは苦笑してしまう。


『でも、わるいヤツらなんだよね?』

『なに、これは作戦というやつだ』

『サクセンー!?』

『そうだ。やってきた魔族をわざと泳がせて、自分たちの巣穴に案内させるという高度な作戦だ』

『コウドなサクセンー!!』


 どうにも意味が分かっているとは思えないが、フォルスははしゃいでいる。フンス、と影竜がドヤ顔になる。


『ドラゴンは頭がよいからな。バカな魔族どもと違う』


 ――大丈夫かな、これ。


 ソウヤは不安になる。ドラゴンは、力と賢さの象徴ではあるが、影竜親子に関しては賢さの点でどうなのか、と思わずにはいられない。


『それより、ヴィテスはどうしたの?』


 ミストが辺りに視線を向けている。


『見当たらないようだけど……』

『また、あの子は――』


 ムッとしたような顔になる影竜。


『最近、目を離すとフラッといなくなる。しかも段々、潜伏が上手くなっている!』

「どこにいるのか感知できないのか?」

『魔力の気配も感じられないわ。隠れるのがうまいわね、あの子』


 ミストは半ば呆れたような声を発した。彼女でさえ、その気配を感じられないというのは相当な腕前ではないか。


『さすが我が娘と褒めてやりたいところだがな……』


 影に潜み、闇に溶け込むドラゴンとしては、むしろ喜ばしい素質ではあるが、まだ判断力が充分に備わっているとは言い難い子供ドラゴンであることを思えば、不安にもなるもので。


『まあ、そのうち出てくるだろう。ここはドラゴンを害するようなものもそうはおるまい――』


 そう言った影竜が顔を上げた。同じくミストも同じ方向へ顔を向けた。


「どうした?」


 ドラゴン二人の視線の先をソウヤも追ってみる。ダンジョンの入り口、テーブルマウンテンの方向。ざわっ、と胸の奥が疼いた。


「まさか……」


 魔王軍の船が来たのか? ソウヤの目にうっすら、ゴマ粒のような点がひとつ見えた。


 飛空艇だろう。魔王軍の船か、あるいはゴールデンウィング号が戻ってきたのか。


『悪い予感ってのはそうそうに当たるものね」


 ミストが皮肉っぽく言った。


『どうやら、魔王軍の飛空艇のようよ』

「見えない位置に」


 ソウヤは言った。森とはいえ比較的開けた場所にいる。ドラゴンの姿は目立つだろう。


『影竜、ヴィテスに念話で呼びかけてる?』

『言われずともやっている! だが、出ない』


 イライラした調子で影竜は返した。その間にもミストは飛空艇から見えないように木の陰へと身を寄せる。ソウヤは振り返る。


「フォルス、来い」


 子供ドラゴンがついてくるのを確認し、枝の隙間から空を見上げる。


「……見えないな」

『そりゃあ隠れているんですもの。当たり前でしょ』


 ミストに突っ込まれた。


『ヴィテスが見つかったりしないといいけれど』

「お前は見えているか?」

『飛空艇? ええ、魔力眼で見えてるわ』

『みえないー』


 フォルスがソワソワしている。


「お前も魔力眼で見てみな」

『やってみるー』


 できるのか――ソウヤは軽く首を振りつつ、通信魔道具に呼びかけた。


「レーラ、リアハ。魔王軍の船らしいのが現れた。バレないように隠れて待機」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る