第479話、ドラゴンの愛とは?
「クラウドドラゴンが?」
「ああ、素晴らしい体験だったとふれ回っていたぞ」
影竜は憚ることなく言い放った。ソウヤは何とも言えない顔になった。
ミストの好奇心に始まり、銀の翼商会内で噂となった。レーラに迫られた状況で、クラウドドラゴンが興味からソウヤを訪ねてきてピンチに陥った。
ジンが介入してくれたことで、クラウドドラゴンの関心からは逃れられたのだが。
――あの爺さん、何をやったんだ?
ソウヤは訝しんだ。影竜は考え深げな顔になる。
「そういえば、クラウドドラゴンが妙なことを言っていたな。あの方は神竜に違いないとかどうとか……」
「は?」
シンリュウとは何だろう、と思うソウヤ。影竜はソウヤの頭を撫でながら言った。
「神竜だ。知らんのか? クラウドドラゴン、アクアドラゴンの上位に位置するドラゴンの中のドラゴン。神の如き力を持ったドラゴンだ」
「ああ、神の竜で神竜な」
合点がいった。しかし、そろそろ解放してくれないだろうか――影竜の豊かな胸に抱きしめられたままのソウヤである。レーラたちに見られたら何を言われるかわかったものではない。
「あの方って、爺さんのこと?」
「あの魔術師のことだろうな」
「あの爺さんが神竜? 冗談だろう?」
確かにジンは数千年を生きてきた不老不死の異世界人だと聞いている。この世界ではクレイマン王として過去に名を馳せ、その魔法の腕前も他を凌駕する。
「クラウドドラゴンが言っただけだ。我は信じていない」
影竜は苦笑した。
「あの人は気まぐれかつ、時々理解するのが難しいことを言う。我が見た限り、あの魔術師は人間だ」
「じゃあ、どうして神竜だなんて……」
「わからん。だがクラウドドラゴンは、完全にあの魔術師の子分を気取っている。あのクラウドドラゴンがだぞ?」
伝説の四大竜の中でも気まぐれと言われたクラウドドラゴンである。その彼女が銀の翼商会に長居していることも、影竜に言わせれば解せない。
「知っているか、ソウヤ。クラウドドラゴンは、銀の翼商会の守護竜を気取っている」
「守護竜?」
「おめでとう。商会に降りかかる危険に対して、あのドラゴンは全力で守ってくれるぞ」
影竜は皮肉っぽく言った。初めて知った――ソウヤはそのまま影竜にもたれた。ホールドされて動けないので諦めた。無理矢理やれば影竜も傷つけてしまう。
「商会のボスなのに、守護竜がついているなんて初めて聞いた。てっきり、メシの力で出るに出れなくなったのでは、と」
「それもあるだろうな。ああ、焼肉が食べたくなってきたな」
「作るから、放してくれるか?」
「焼肉は後でもよかろう。我にも、クラウドドラゴンが絶賛した人間の触れあいというのを教えてくれ」
ちっ、忘れてなかったか――ソウヤはため息をついた。
「もう半分触れ合っていると思うんだがな」
ただ抱きしめられているだけではあるが。お肌の触れ合いも重なる部分は大いにある。
そもそも、ジンがクラウドドラゴンに何をしたのか、ソウヤはまったく知らない。クラウドドラゴンがどのような体験をしたにしろ、ソウヤに再現はできないのだ。
その時、ソウヤの背中に冷たいものが走った。危険察知の感覚――
「ハーイ、ワタシも交ぜてくれないかしらぁ?」
ミストがニッコリ、影竜の後ろに立っていた。影竜はソウヤを抱きしめたまま首を巡らした。
「何だ? 我が先約だ。引っ込め、ミスト」
変身で隠していた尻尾が現れ、追い払うように動いた。ミストは影竜の尻尾を叩いた。
「あんた人間に興味がなかったんじゃないの? 何でソウヤにちょっかい出しているのよ?」
「お前が人間に対して無知だから知っておけと言ったんだろうが。学びだ、学び」
人を知るのは大いに結構だが――ソウヤは目を閉じる。できれば、こういう方面ではないほうがよかった。
「人間や亜人社会では、夫婦なるものを作って子育てをするというではないか。我とソウヤは、その夫婦というものではないか?」
何言ってるんだ、お前は――ソウヤの内心のツッコミ。いつの間にか『夫婦』になっていた。結婚した覚えはないのだが。
ミストが眉を潜めた。
「子供たちはあんたが産んだのであって、ソウヤは何も関係ないでしょ!」
「オスなんてそんなものだろう? 人間も子を生むのはメスのほうだ」
――男との共同作業の結果なんだけど……。
ドラゴンのように一人で子供を作れるわけではない。種族観というか、ドラゴンの常識からそう勘違いをしているようだ。
「ソウヤは我の子供もよく見てくれている。これぞ人間の言うところの夫婦というものだろう。であるならば、夫婦の間も人間流のスキンシップが必要だと思うのだ」
「そこに愛はあるのかしら?」
「アイ? 愛情か?」
「そっ」
ミストが口をへの字に曲げた。
「子育てと夫婦の愛は別物よ。子供に愛情があっても、親に対してそう思っているかは別でしょう?」
「要するに、ソウヤは我の子供たちは好きでも、我自身を好きかは別ということか?」
「うーん、それもあるけど、あんた自身は、ソウヤのことをどう思っているのかってこと。子供たちと同様、愛しているとでも言うの?」
「愛……愛か」
影竜は首を傾げた。
――そうだよなぁ、やっぱドラゴンさんに、異性への恋愛とかわからんないか。
ドラゴンは単為生殖。相手を必要としないのだから。
「好きか嫌いか、というのであれば好きだ」
影竜は真顔で言い放った。
「そもそも受け付けないのであれば、こんなに密着などせん」
――それもそうかー。
ドラゴンはプライドが高い。人間など下等な生き物と見ている。毛嫌いすることは多々あれど、直接触らせるようなことはほとんどない。
逆に言えば、触らせる、背中に乗せる、はドラゴンの信頼を勝ち得たことを意味する。
――影竜からは信頼されていたんだな……。
フォルスが懐き、可愛がるのを許している時点で信頼の現れでもあるのだが。
自分のものを取られるのをトコトン嫌うのがドラゴンである。財宝の番人、手を出したら烈火の如く怒り出すなどという例を見ればわかるだろう。
「わかったわ。そうなればこうしましょう」
ミストは冷ややかに影竜を見た後、ソウヤへ視線を向けた。
「ソウヤ。本物の愛というものがどういうものか、このニワカ竜に教えてやりましょう」
自らの下腹部に手を当て、ミストは言った。
「するわよ。今、ここで!」
――何を言ってるんだ、お前は?
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