第478話、影竜とストレス


 フォルスがファイアーブレスを身につけた。自慢げに見せてくる子供ドラゴンの何と純粋なことか。


 みてみて、とせがまれると、自分が父親にでもなった気分になるソウヤである。


「ドラゴンって、親はひとりなんだって?」


 母である影竜に言えば、長身美女姿のドラゴンは言った。


「それがどうした?」

「オレが父親みたいに慕われているのは何故だろうと思ってな」


 母親がいるのに、と言えば、影竜は腕を組んで鼻をならす。


「あの子が最初に見たのがソウヤだからだろう。その証拠にヴィテスのほうは、お前にまったく関心を持っていないぞ」

「それも気になるな」


 ソウヤは、リアハの傍らにいるもう一体の子供ドラゴンの後ろ姿を眺める。


「極端なんだよな。フォルスは何かとオレに寄ってくるのに、ヴィテスはほとんど話したこともないし」

「赤の他人だからな」


 それはあまりに素っ気ない答えだった。


「冷たいな。でもそれを言ったらフォルスもそうだろ」

「あの子は、人懐っこいからな。別にソウヤにだけ親しいわけじゃない」

「そうなのか?」

「レーラやメリンダとも、よく遊んでもらっている」

「へぇ……。まあ、レーラは子供好きだしわからんでもないが、メリンダも?」

「レーラと一緒にいることが多いからじゃないか? 知らないが」


 あまり関心なさそうな影竜である。


 一緒にいることが多い――なるほど、とソウヤは思った。人懐っこいフォルスのことだ。メリンダも構っているうちに仲良くなったのだろう。


 それに少しだけ嫉妬じみた感情を抱いたのは、父性でも芽生えているのかもしれない。


「で、何でこっち残ったんだ?」

「ご挨拶だな、ソウヤ」

「そりゃ外なら、ブレス練習もし放題だ。アイテムボックスの中じゃできないってのはわかる。ダンジョンだから人目も気にしなくていいしな」

「魔族か? 聞いたぞ、エルフが連中の犠牲になったとか」


 影竜は淡々と事実を口にした。


「ここに連中が来るかもしれんということもな」

「だったら何故、子供を連れて残ったんだ」

「育児ストレスの発散」

「おい!」


 思わず影竜を見れば、しかし彼女は皮肉げな笑みを浮かべた。


「半分冗談だ。真に受けるな」

「半分は本当なんだろう?」

「残り半分は怨恨だ。我も、卵だった頃のあの子たちを魔族に狙われたからな」


 影竜の視線はブレス練習をレーラたちに見てもらっているフォルスに向く。


「今回はエルフだったが、魔族に狙われたことがある以上、あの子たちもああなる可能性があったかもしれん。それを思ったら、こう腸が煮えてきてな」


 恨み。魔族への怒りと復讐心は、影竜もまた持っていた。ドラゴンは恨みを忘れない。


「ストレスね」


 当たらずとも遠からずか。


 ドラゴンの子供、いやドラゴンというだけで利用価値など、それこそいくらでもあるだろう。鱗や牙、爪だって良質な素材。膨大な魔力を秘めたドラゴンの力は、魔族も狙うだろう。


「ミストも魔族に命を狙われたな」


 霧の谷で彼女が魔王軍の残党に襲われた。そこでソウヤがミストと再会したことで、以後行動を共にしているのだが。


 ミスト曰く、魔王の復活の邪魔になる可能性のある存在を排除するために魔族が襲ってきたと言っていた。もしかしたら、素材狙いだったりしたのかもしれない。


「……やっぱ、いいわけないよな」


 ドラゴンの力を求めて、その命を狙う。魔王軍の進める浮遊装置開発のために、仲間が殺されたり、部品にされてしまうというのは。


「とはいえ……」


 人間も、魔獣素材を利用している。最初は襲撃する敵を排除していたが、やがてその部位や素材が有用だと見るや剥ぎ取り、利用するようになった。


 優れた素材と見るや、自ら狩りに行くようにもなった。ドラゴンなどは標的として、真っ先に上がるだろう。ただ、ドラゴン側が強すぎて、返り討ちに合うのが関の山だが。


「お前はさっきから何を言っているんだ?」


 影竜が怪訝な顔で、ソウヤをマジマジと見ていた。


「お前もストレスを抱えているという顔をしているな」

「すまん。ちょっと、考え事だ」

「ふん、気苦労が絶えないか? 勇者だものな。仕方ない」

「元勇者、だぜ」

「我はお前を信用しているんだ」


 影竜はすっと手を伸ばしてソウヤの肩を抱き寄せた。あまりに自然なので、ソウヤは反応が遅れた。


「いや、信頼していると言っていい。我に何かあっても、お前なら子供たちを預けられる」

「……なーんか、盛大なフラグっぽくて嫌な言い方だ」

「フラグ? 何のことか知らぬが、不安なら我が慰めてやってもいいのだぞ?」

「慰める?」


 母親みたく抱き締めてくれるのだろうか。ママにすがる歳でもないのだが、とソウヤは理解が追いつかない。


「というかだな、ソウヤ。我を慰めてくれ」

「何言ってるんだ、お前」


 本当に意味がわからなかった。このドラゴン、トチ狂ったのだろうか?


「わからぬか? 人間流に我を抱けと言っているのだ」


 影竜がソウヤをその豊満な胸で受け止めた。ソウヤは混乱した!


「ど、どういうことだ?」

「最近、ドラゴン界隈で、人種との交流についてある話を聞いてな」


 やわらかお胸さん――え、ある話? 


 物凄く嫌な予感がした。ミストが人間の性的な行為に興味を持ち、それがクラウドドラゴンにも及んだ。


 影竜は人間のことには疎いドラゴンだったから、先の二人のどちらかの影響を受けたのだろう。


 クラウドドラゴンの興味を引いた事例もある。吹聴したのはミストか。


「それで、我もやってみようと思ってな。ソウヤなら悪くあるまい?」

「オレかよ! ……ミストめ」

「何故、そこで霧竜が出てくる?」


 口を尖らせる影竜。胸に抱かれて、何故か頭を撫でられているソウヤ。


「アイツだろ? 人間の性的なんちゃらとか言ったの?」

「いいや、クラウドドラゴンだ」

「え? ええっ――?」


 予想が外れた。あの淡々としたクラウドドラゴンが、引きこもりな影竜に話したというのか。ちょっと想像できなかった。

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