第480話、種族観
「不潔よ不潔!」
メリンダが叫んだ。
「真っ昼間から、ふしだらな接触を――」
「ふしだらー?」
フォルスが小首を傾げと、レーラが子供ドラゴンの両目を手で覆った。
「わぁ……」
「子供には早いです」
「真っ暗ー」
楽しそうなフォルス。
ソウヤは影竜とミストから抱きつかれていた。もちろんハグの延長であり、まだ性的な行為はしていないし、衣服も身につけたままだ。
原っぱで座り込んだ3人の男女。はたから見れば、イチャイチャしやがっての段階であり、まだいかがわしいというレベルではない。
柔らかいものを押しつけられた、という範囲だ。ハーレムの主とはこんな感じなのか、と思う程度である。
美女二人から密着されるのは悪い気分ではないが、相手の正体がドラゴンであるとわかっているから、まだ他人事のような感覚がある。
というより、状況についていけていなかった。ミストとは戦友、相棒という思いが強く、恋愛感情とは少し違う気がしていた。
影竜も多少の信頼は得ていると思ったが、まさか性的関係に一気に踏み込んでくるなんて予想だにしていなかった。
――いや、案外、オレが鈍かっただけか?
ミストに対して、ドラゴンだからないと思い込んでいただけではないか? 相棒なんて、ある意味、関係としては深い。それが愛情かを抜きにしても、互いに強い信頼がなければ結びつかない。
ドラゴンでなければ、たぶんアプローチも違っていただろう。恋愛感情も自然に醸成されていたに違いない。
異種族だ、という偏見がその感情を歪めた。犬と猫が結婚するはずがないという思い込み。そもそも、犬も猫も結婚などしないが。
人間や亜人種族は別として。ドラゴンなども結婚はしない。だからより簡単に、相手に好意を示せるし、したいと思ったら行動に移せるのだろう。
影竜もきっとそうに違いない。一時の気の迷いなどと人は言うが、そんなものはドラゴンは持ち合わせていない。
ソウヤは手を伸ばし、ミストと影竜、それぞれの頭を撫でた。よしよし――
するとミストがソウヤにもたれかかり、影竜も顔をこすりつけてきた。押されるようにそのまま地面に倒れ込む。
ぶつかるかな、と思ったソウヤだったが、すっとミストと影竜が人の姿でありながら尻尾を出して、それを割り込ませた。まるでクッションだ。優しい気遣いである。
――尻尾付きの美女に押し倒されるのはファンタジー感があるな。
残念ながらモフモフとはほど遠い爬虫類尻尾だが。
周囲からすれば、公園で二頭の大型犬にじゃれつかれている人みたいに見える。健全である。今のところは。
「うわー、うわー」
メリンダが動揺していた。一方でレーラは羨ましそうな目を向ける。だから――
「いいなぁ……」
との言葉が漏れる。無意識の呟きは、誰にも聞こえなかった。ただドラゴンの誰にも憚ることのない態度や思考に羨望を覚える。
「ねーねー、レーラ」
フォルスが顔を上げた。
「ボクもナデナデしてー」
「いいですよ」
「うわぁ――」
ほんと、素直さが羨ましい――レーラはフォルスの頭をいい子いい子してあげる。
視線をソウヤに向ければ、彼もレーラを見ていた。苦笑しているソウヤが『おいで』と言っているような気がした。
レーラは一歩を踏み出した。
「メリンダ、素直になっちゃおうよ!」
「え……レーラ様?」
レーラは駆け、地面に寝転ぶソウヤに飛びついた。
「おうふ!」
声が出るソウヤ。フォルスも走った。
「ボクもボクもー!」
さらに1人追加で、5人が原っぱで団子になった。
「何でお前もいるんだよ」
「ボクも仲間にいれてよー」
「お前、絶対わかってねぇだろ!」
笑い声が上がる。誰も彼も穏やかな空気に身を預けている。メリンダだけが『えぇ……』と困惑していた。
・ ・ ・
ソウヤたちがノンビリした雰囲気の中にいた頃、リアハは、廃墟となった魔王軍の拠点跡地に来ていた。
「付き合わせてごめんなさい、ヴィテス」
『いいよ』
ドラゴン姿のヴィテスは、感情のこもらない声で応じた。
影竜譲りの漆黒の鱗。前足を小さく、後ろ足の二足で走行する。翼はあるが折り畳んでいる。背中には影を操作して作った鞍があり、リアハが乗っていた。
「大丈夫? 重くなかった?」
『平気』
ヴィテスは目を動かして、てんで散らばった瓦礫を眺める。
『魔族、いない』
「そうだね」
リアハはヴィテスの背中から降りた。ゴールデンウィング号が立ち去るまで、徹底的に調べたから魔王軍残党の生き残りはいない。
だが、外部からこの跡地にやってくる魔王軍はいる――リアハはダンジョンの空を見上げる。
「皆のところに戻っていいよ、ヴィテス」
『ここでいい』
落ち着いた声で答えながら、ヴィテスはその場にしゃがみ込んだ。
『人の多い場所は苦手。それにこの姿がいい』
人間に化けず、ドラゴンの姿がいいと言うヴィテス。
『帰る時に言って。運ぶ』
「ありがとう、ヴィテス」
リアハが礼を言うと、子供ドラゴンは目を伏せて眠りについた。
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