第476話、暗黒大陸の話
魔王軍がダンジョンに作っていた秘密拠点は潰した。浮遊装置製造工場がなくなり、魔王軍が新たな工場を設けない限り、これ以上のエルフの犠牲は阻止された。
しかし、魔王軍は世界征服の野望を着々と推し進めている。
元勇者として、ソウヤもこの事態をこれ以上見過ごすことはできなかった。
「魔王軍の本格的侵攻が確定的な以上、それを早期に叩く必要がある」
ゴールデンウィング二世号の談話室でソウヤは告げた。カマルが発言する。
「魔王軍の拠点については目下、調査中ではあるが、今のところ芳しい成果はない」
「何か手掛かりはないのか?」
「あれば報告しているよ。残念ながらな」
カマルの次に、ジンが言った。
「今すぐ連中が大攻勢を掛けてくるのか、それすらも分からない。明日なのか、1カ月なのか、はたまた数年先か――」
「猶予があるってことか?」
と、ライヤーが言えば、ミストが鼻をならした。
「ないかもしれないって話よ」
「……オレは、飛空艇を量産できないか考えていた」
ソウヤは仲間たちを見回した。
「いずれ魔王軍が本格的に動き出した時、必要になるんじゃないかって思ったのもある。だが銀の翼商会の、つまり商売として考えていた」
「先見の明だったな」
カマルは口元を歪めた。
「魔王軍が飛空艇を大量に作って攻めてこようと企んでいた。その前に、人類側でも飛空艇を量産しようというアクションを起こせたことは僥倖だ」
ルガードークをはじめ、飛空艇を建造しようという流れがあるだけマシだった。ソウヤがアクションを起こしてなければ、人類やその他種族は、魔王軍の大飛空艇艦隊を前にしてようやく飛空艇を作れないかと本格的に検討し始めたに違いない。
飛行石がない、大量建造のノウハウがない、材料がない……などなど。そうこうしている間に、空から一方的にやられていただろう。
「ぶっちゃけ、間に合うかって疑問もある」
ソウヤは眉をひそめた。
「それもこれも魔族がどこで何をしているか、わからないというのもある」
「魔王軍は、魔王の復活を目指して動いていた」
ジンは顎髭を撫でた。
「だが、エンネア王国での魔法大会。そこで魔王復活の材料を手に入れられなかったことで、攻撃を前倒しにする可能性があると示唆されていた」
魔王復活の材料、と聞いて、ソウヤは今回のエルフを利用した浮遊装置の件を重ねた。そう、魔族は万単位の人間を生け贄に使おうとしていたではないか。エルフの件が最初ではない。
「今回の飛空艇の製造……。これらは魔王復活の後の大侵攻のための準備と見ていい」
「エンネア王国の魔王軍の拠点は王国軍が叩いた」
カマルは周りを見渡した。
「だが依然として、敵の本拠地は謎だ。嘘か真か、連中の本拠地は動いているという」
「ザンダーもそんなことを言っていたな」
「誰だ、ソウヤ?」
「魔族の魔術師だ。魔王軍に敵対している勢力だよ」
「その名前、聞き覚えがあるわ」
ミストが考えるポーズをとった。
「どこだったかしら……? 最近だったと思うけど」
「魔法大会だろう。奴も参加していた。おかげで魔王軍の企みを阻止できた」
魔族ながら、魔王軍と敵対している者がいるというのを、彼と会ったことで知ることができた。
魂収集装置を使った魔王軍の策を、ソウヤたちと共闘して阻んだが、ザンダーはザンダーで何者かの復活を企んでおり、魔王軍ではないものの敵対する可能性はあった。
カマルが口を開いた。
「そのザンダーと接触はできないのか? 信用はできないが、少なくとも魔王軍と敵対しているのだろう? 自分たちの腹を探られないように、敵対組織の情報を売ってくれるかもしれない」
「確かに。……どう思う爺さん?」
ソウヤが老魔術師は考え深げに眉をひそめた。
「悪くはないが、できればこちらからアプローチはかけたくないな」
「何故?」
「こちらが覗いていると彼らに知られたくない」
「うん?」
「そういうことか」
カマルは納得した。ライヤーが首を捻った。
「どういうこった?」
「つまりジン氏は、ザンダーの居場所や拠点を掴んでいるが、それを知っていることを連中に悟らせたくないということさ」
諜報畑のカマルはスラスラと説明した。
「スパイされているとザンダーが知れば居場所を変えるだろう。さらにこちらの観測手段を探して潰しにくるかもしれない。魔王軍ではないが、味方というわけでもないんだ。連中が我々に隠して悪事を企んでいるなら、雲隠れを選ぶだろうよ」
そうなれば完全に糸が切れる。すると探す手間が増えるわけだ。無害な集団ならともかく、得体の知れない主とやらを復活させようとしている連中でもある。監視はつけておきたい。
ジンは口を開いた。
「ザンダーたちも魔王軍の動向に注意を払ってはいる。他にどうしても手がないなら、彼らと接触して情報交換するのも吝かではないが……」
「他に手掛かりなんてあるのか?」
ライヤーが口を尖らせた。そこでミストが頬杖を付きながら言う。
「じゃあ、行ってみる? 暗黒大陸」
暗黒大陸――ソウヤはその単語を思い起こす。
魔族が支配する大陸。十年前、勇者時代に魔王討伐のために訪れた。ライヤーが難しい顔になるが、カマルは頷いた。
「そうだな、魔族のことを探るなら旧暗黒大陸に手掛かりがあるかもしれない」
「いま、旧って言った?」
ソウヤが聞けば、カマルはそうだ、と答えた。
「そういえばソウヤは知らないか。十年前まで暗黒大陸と呼ばれた土地は、魔王討伐後に人間やその他亜人たちが乗り込んで魔族を追い出したんだ。今あそこの支配者は魔族じゃない」
「でもいい話も聞かないんだな、これが」
ライヤーが腕を組んで眉間にしわを寄せた。
「広大な土地を巡って、今じゃ人間同士で争っているからな。色んなところで領土紛争や宗教衝突が絶えないって、まあ面倒な場所だよ」
エンネア王国やこちらの大陸の人間の国が比較的平和なのは、旧暗黒大陸で争っているから、とも言われている。
「人間たちが進出してはいるが、魔族のテリトリーも少なからず存在してるって話だ。話を聞けるなら、魔王軍の手掛かりもあるかもな」
「魔王軍のことを快く思っていない魔族もいるという話だからな」
カマルはザンダーを例に出した。
「協力的な魔族もいるかもしれない」
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