第475話、別の種族だもの
助けだされたエルフたちの精神状態はお世辞にもいいとは言えなかった。
同胞がモノとして処理されていたという事実。また生き残った者たちも、ソウヤたちがこなければ解体されていただろう衝撃。
おぞましいことが起きているのは捕らえられていた頃に察していても、それが何だったのかはわからなかった。だが真実を知った時、耐え難い苦痛とトラウマをエルフたちに植え付けた。
人間でさえ吐き気を催すショックだったのだ。エルフたちの受けたショックは想像を絶する。
「たまたまでも来なければ、ここのエルフたちは全滅していた」
ソウヤはため息をついた。
銀の翼商会は全員が、魔王軍の城で行われていたことを知らされた。保護したエルフたちに食事や休む場所を提供しつつ、商会メンバーは粛々と行動した。
衰弱していた者たちには、レーラが癒やしの力と祈りで治癒を施していた。その瞳はとても悲しげで、心優しい彼女にとっても辛いことだった。しかし傷ついた者たちのため、レーラは聖女として振る舞っていた。
カマルは地下を調査し、エルフ犠牲者の確認と魔王軍の所業の記録を取っていた。エンネア王国への報告だろう。
リアハは、ひとり城の外に立ち尽くしていた。声を掛けたら、そっとしておいてほしいと言われた。
その時の表情は壮絶であり、激しい怒りをため込んでいるようだった。彼女は、故国グレースランドを、魔族の呪いで民が魔獣化するという危機を経験していた。その時のことを含めて、魔王軍への敵意を募らせているのだろう。
王都魔術団や若手魔術師たちのショックは大きかった。食堂で落ち込む彼、彼女らに食事係のナールは飯を作りながら言った。
「これがあいつらのやり口さァ。魔族以外の命なんざ、これっぽっちも思っちゃいねぇ。オレなんて心臓とられたんだぜ」
笑えない、と若い連中は頭を抱えた。
一方で、表面上あまり動じていないように見えたのが、コレル、フラッド、メリンダら勇者パーティー組だ。
「……珍しいことじゃないよな」
城の廃墟。コレルが適当な瓦礫を椅子にしながら言った。
「オレたちにとっちゃあさ……」
「胸くそは悪いでござるがな」
フラッドは肩にハンマーを担いだまま首を振った。
「私たちの戦いは続いてる」
メリンダは無感情な目を、エルフたちに向ける。
「十年。……あの頃と何も変わってない」
「本当に十年経っちまったのかな」
コレルはやってきた大牙を撫でた。
「お前はいつも優しいな……」
狼型従魔をモフモフやりながら、しかし内心の憤りが隠せないコレル。フラッドも近くの石ころにハンマーを当て、次の瞬間砕いた。
メリンダは視線を動かした。
「そういえば、カーシュは?」
「見ていないでござるな」
「あいつが一番腹を立てているんじゃないか?」
コレルは大牙に頬ずりする。
「死んだあいつの恋人、たしかエルフだっただろう」
「「……」」
フラッドとメリンダは押し黙った。
カーシュ・ガラディン。元聖騎士。異性から人気はあったが、親密な付き合いはほとんどしなかった男。
そんな彼が唯一愛した女はエルフだった。種族を超えた愛。聖騎士の称号さえ捨てようと考えたほどカーシュだったが、愛した人は魔王軍によって殺された。
もう十年以上前の話である。しかし十年間、ソウヤのアイテムボックスに眠っていた彼にとっては、数ヶ月以内の出来事だ。
「許せないよなぁ……!」
メリンダが声を荒げた。
「魔王軍の奴らには、落とし前つけさせてやらないとなぁ!」
・ ・ ・
「――この話は後にするかね、ソウヤ?」
「いや、続けてくれ、爺さん」
ソウヤは、ジンとライヤーから飛空艇の説明を受けていた。建造ドックから水が抜かれて、魔王軍が作っていた飛空艇にいる。
「これが魔王軍が飛行石の代わりに作った浮遊装置だ」
バンと鉄の箱を叩く。
何の変哲もない機械の箱のようだった。ヘッドが丸身を帯びており、どこかカプセルの玩具を吐き出す筐体を連想させる。
「これの中に何が入っているかは説明不要だろう。私もエルフの話を聞いて腸が煮えくりかえる思いだ」
老魔術師は顔をしかめた。ライヤーも機械への好奇心より苛立ちが勝っているようで、黙り込んでいる。
「この拠点では飛空艇を建造していたが、浮遊装置の製造工場でもあった。探ってみたが、現在のところ、これと同じものが250ほど、外部に運び出されている」
「250……」
ソウヤのため息が熱を帯びる。
「それだけのエルフが生け贄になったのか……」
「開発の段階で実験台にされた者もいただろう。失敗もあったはずだ。倍以上の犠牲があったと思ったほうがいい」
ジンは重々しく言った。
「しかし、我々は150名近くのエルフを助けることができた。我々が来なければ、この150人も殺され、さらにエルフが狩られただろう」
「魔王軍のこれ以上の悪業を阻むことができた」
素直に喜べればどれだけ楽か。助けられなかった命は多かった。もちろんこのような悪事が行われているなどわかりようがない。わかっていればもっと早く駆けつけていただろうことは間違いない。
だが、神様ではないのだ。世界中で起こっていること全てを把握などできるわけがない。
ソウヤは鉄の箱を睨む。ライヤーは唸った。
「魔王軍は、最低でも250隻の飛空艇を動かせるってことだよな……」
「飛空艇の建造には時間がかかる。しかし、素材が揃っているのなら――」
彼らはやってくる。世界を自分たちの手で征服するために。
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