第465話、森の加工場


 ジン曰く、ダンジョンの木を加工する施設があるらしい。


 老魔術師が浮遊ボートを操り、その加工場へと向かう。途中、湖の近くを通過。大木が岸辺近くの水面から伸びている光景を目の当たりにした。


「木が湖から生えてるー!」


 メリンダが素っ頓狂な声を出した。ソウヤもそれを眺める。


 ――マングローブ……じゃないな。すげぇな、マジで湖の中から木が伸びてるみたいだ。


 レーラがよく見ようと腰を浮かせた。


「あれは何という木ですか? ジン様」

「さあ、私は知らない」


 老魔術師は穏やかに言った。


「かつての友が独自に開発したものだろう。……もしかしたら、腐らない木の研究をしていたから、それに関係があるかも」

「腐らない木、ですか?」


 レーラが目を丸くすると、メリンダが口を開いた。


「木って雨とかに濡れるとだんだん腐っていきますもんね」

「いや、別に水が腐らせているわけではないよ。その証拠に水の中に沈んでいた木はうん百年でも腐らないから」


 ジンはやんわりと訂正した。


「そうなのですか?」

「原因は菌だ。繁殖した菌が木を分解してしまう。それが腐っていく原因」

「へぇ……」


 ソウヤは改めて、湖に生えている木を見る。


「じゃあ、あの水の下は腐っていないのか」

「水面の下はともかく、水面ギリギリのラインはどうなのかはわからないがね」


 ジンは笑った。


「ただ、そういう菌が腐らせないような木を作るというのが、テーマのひとつだったからね。もし完成したのなら、それはそれで画期的なものになるだろう」


 遊覧飛行のように浮遊ボートはゆったりとダンジョンを行く。しばらく森の上を行くと、それが見えていた。


 開けた場所に一軒家と、大きな屋根付きの作業場である。ジンが浮遊ボートを家の前に降ろすと、護衛のようについていたミストが辺りをぐるっと見回る。


「ミスト」

「ちょっと偵察してくるわ」


 そう言ってミストが飛び去った。……何か見つけたのだろうか?


「それにしても……かなり年季が入ってるな」


 ボートから降りるソウヤ。レーラが降りるのを手伝っていると、ジンは木造のくたびれた小屋を見上げた。


「そりゃあ数千年も前の代物だからね」

「その割に周りも含めて綺麗ですよね」


 レーラのコメントに、ソウヤも頷く。


「確かに。草木がボウボウに生えてて、ここに建物があったかわからないようになってるんじゃねえか?」

「ここはダンジョンだからね。元の姿を維持しようとする力が働くものさ」


 ジンは小屋へと歩いた。


「だから人が手を加えない限り、ダンジョンの環境はほぼ変わらない。我々がここにきたダンジョンの景色は、数千年からほとんど変わっていないのだ」

「ダンジョンの神秘」


 玄関を開けて、小屋の中をジンが見回す。彼はひとつ頷くと振り返った。


「今でも休憩所として使えそうだ。どうするね、レーラ嬢。中で休憩もできるが」

「いいですね」


 レーラが笑みを浮かべる。メリンダが小屋に近づいた。


「では、レーラ様が休まれる前に不審なものがないか確認します!」


 女騎士は小屋に入っていった。すっかり聖女様を守る騎士だな、とソウヤは苦笑する。ジンが近づいてきて、作業場を指さした。


「では、ソウヤ、我々もここにきた目的を果たそう」

「何かするのか?」

「君がアイテムボックスに回収したダンジョンの木、トレントの残骸をあの作業場と、その脇に並べるだけ置いてくれ」


 ソウヤは片方の眉を吊り上げた。


「集めた木を全部か? まさかこれから加工しようっていうんじゃ……」

「まさしくその通り!」

「マジか……」


 思わず天を仰ぐソウヤ。ただでさえ巨木であるそれを、どれほど回収してきたというのか。


「どの道、加工しないと使えないんだ。言っただろう?」

「そうだけどさ……。オレは加工について詳しくないぜ?」

「安心しろ。私も素人だ」


 快活に笑うジン。それは安心できないのでは――ソウヤは首を振り、言われた通りに巨木を並べていく。


 物が物だけに作業場はすぐに埋まり、外の敷地もどんどん狭くなっていく。


「今さら言うのも何だけど、これ全部を業者に押しつけたら相手も困っただろうな……」


 専門家任せにしようとしていたのだが、この大きさ、量はどんな業者も困惑だろう。それだけここのダンジョンの木が、樹齢ウン千年レベルの大きさの巨木だらけだったということだが。


「だろうね。だからこそ、ここで加工するのさ」


 飄々とジンは言うのだ。ソウヤはとりあえず、回収したダンジョン木を並べ終わった。


「それで、ここからどうするんだ、爺さん?」

「何も。今日はこれで終わりだ。また明日だ」

「これがいわゆる乾燥ってやつか?」


 木材の加工工程に乾燥があったはずだ。しかし、老魔術師は首を横に振った。


「少し違う。我々が離れている間に、ここの木をすべて加工してもらう。明日には製品ができているという寸法だ」

「……は?」


 さすがにソウヤは耳を疑った。


「ただ置いておくだけ? それでモノ完成? 嘘だろ?」

「君は『小人の靴屋』というお話を知っているかね?」

「昔話か?」

「グリム童話だ。靴の材料を置いておいたら、次の朝には靴が完成していた、というお話」


 ジンが言えば、聞いていたレーラが驚いた。


「材料を置いただけで靴が出来上がるんですか……?」

「小人の妖精が、人間が寝ている間に仕事を終わらせてくれるというお話だよ」


 何とも都合のいい話だとソウヤは思う。


 そういえば昔、父親が『妖精さんが仕事を終わらせてくれないかな』とか、『ソウヤの宿題も妖精さんがやってくれたらよかったのにな』などと言っていたことがあった。


 ――そこから発展して、『サンタクロース妖精説』なんて言っていたっけ。


 懐かしい思い出である。


「つまり爺さん、ここに木を置いたら、小人だか妖精さんが勝手に加工をしてくれるってことか?」


 ソウヤは腕組みして聞けば、ジンは得たりと頷いた。


「そういうことだ。言っただろう? かつて大量の木材を必要としたことがあると。木を作るだけではなく、加工もできなければ意味がない。その為の手段は用意済みだよ」

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