第464話、ダンジョンの思い出


トレントの数は30体を超えていた。銀の翼商会の面々は襲撃してきたトレントの群れを、もれなく全滅させた。


「まったく……とんでもねえな」


 ソウヤは、トレントの残骸をアイテムボックスに回収していく。精神ともいうべきトレントの中身が抜けたら、ほとんど大木である。


 ジンは言った。


「トレントとなった木は魔力を含み、木材としては高級品の部類に入る」

「つまり、苦労に見合う成果はあった、と?」

「よそはともかく、こちらで作る2隻目の飛空艇には、こちらの木をお勧めしたいね」

「なるほど」


 ソウヤは次のトレントのもとへ移動する。レーラとメリンダが後についてくる。


「トレントっていったい何なんだろうな? 倒したら、ただの木みたいになっちまう」

「まるで幽霊が憑依している?」


 老魔術師は笑った。


「精霊、と言われているのはそれが由縁だな。だが所変われば、入っているのは悪魔の片割れで、それが悪さをするとも言われている」

「教会では、そう教わりました」


 レーラがトレントだった大木を見やる。


「悪魔がとり憑いた木と説明されています。だから森に入った人を襲うのだと」

「まあ、あんな風に襲ってくればな……」


 ソウヤは、また一体、トレントを回収する。


「悪魔って言われても納得だわ。トレントの顔っていうのか? あれ、すっごく悪そうな表情している」


 まるで幽霊のようだった。


「爺さん、先に倒した分も含めて結構な量を回収したけど、どれくらいいるんだ? もうざっと見ても飛空艇数隻分くらいにはなる気がするが」

「木と一口に言っても部位ごとにばらせば、素材として向き不向きがある」


 全部同じように使えるわけではなく、堅くてよいものとされる部分は、魚や動物の部位肉のように、大きさの割に限られているものである。


「思ったより、飛空艇向きの素材は少ないと思ったほうがいい」


 いくら何でも多過ぎ、と思うくらいが案外ちょうどよいかもしれない。


「もっとも、普通の森なら、環境変化を考えて、切り倒す木の量に気をつけなくてはいけないが……」


 銀の翼商会の魔術師たちが倒し、切り株となっている辺りにジンは視線を向けた。


「幸い、ここはダンジョンだ。見てのとおり、もう木が生えている」


 切り株の中心から新しい木が伸び始めていた。まだ小さいが、切り倒してまだ数時間と考えれば驚異的スピードである。


「夏休みの観察日記にしたら、さぞ捗るだろうな」

「ははっ、確かに」


 ジンが顎髭を撫でるが、夏休みの観察日記と聞いてピンとこなかったレーラとメリンダは顔を見合わせた。日本人にしか通じないネタかもしれない。


「さて、ソウヤ。これからちょっと出かけないか?」

「出かける? どこに」

「このダンジョンの奥」


 ジンが指さしたが、ソウヤたちがいる場所からは森しか見えない。


「奥に何かあるのか?」

「それは行ってのお楽しみだ」


 老魔術師はもったいぶった。ライヤーのようにダンジョン探検をしたいって柄ではないジンである。ソウヤは意外に思うが、そもそもこのダンジョンへ導いてくれたのは、この魔術王である。


 つまり、何があるか知っているとみて間違いない。


「このダンジョンの話をしてくれるなら、いいぜ?」

「それなら心配ない。これから行こうと誘った場所はそれ込みだから」

「ジン様、私も同行してよろしいですか?」


 レーラが志願した。ジンは頷く。


「構わないよ、レーラ嬢」



  ・  ・  ・



 ゴールデンウィング号は待機。伐採組とダンジョン警戒組を残し、ソウヤはジン、レーラ、メリンダ、それとミストと出かけた。


 浮遊ボートに乗って、森の上をスイスイ進む。ちなみに、ボートには四人が乗り、ミストは自前の翼を使って飛んでいた。

 美少女の背中に翼とは、ドラゴンと知っていなければ悪魔のように見えただろう


「ここは景色が綺麗ですね!」


 レーラが地下空間とは思えない世界に広がる森を見て声を弾ませた。


 川があって湖がある。多種多様な木があって緑、青、黄、オレンジとさながら四季を連想させる色使いを見せる。


「このダンジョンはかつて、私の友人が作ったものだ」


 ジンがボートの舵を操作しながら言った。


「作った? マジかよ」

「ダンジョンマスターになれば、自分のダンジョンを作れる。友人は長い時間をかけて、今のような環境に整えていったのだ」

「ジン様のご友人ですか。どのような方なのですか?」


 レーラの質問に、ジンは目を細めた。


「かつての私の弟子だ。浮遊島を作った頃からの……つまりは古い古い人物でもある」


 クレイマン王の弟子にして友人――ソウヤは感心する。


「当時は、大量の資材を必要としていてね。その資材をダンジョンで生成しようという話になり、このダンジョンが作られた」


 ジンは森を見渡した。


「ズバリ、必要だったのは大量の木材だった。今回の君たちのようにね」

「そういうことか」


 ソウヤは納得した。このダンジョンを作った頃から関わりがあれば、同じように素材を求めているソウヤたちにここを教えてもおかしくはない。


「その木材は何に使ったのですか?」


 メリンダが質問した。ジンは顎髭を撫でる。


「まあ、色々。町や村の復興資材として寄付したこともあれば、飛空艇の建造にも使った」


 クレイマン王の浮遊島にあった多数の飛空艇。それらを作る素材として、このダンジョンを作ったのだろう。


「あ、木の加工や乾燥が凄まじく早い木ってそういうことか!」


 すぐに必要な資材にできるように、おそらくそのような木を改良して作り出したのだろう。


 都合がいい? とんでもない。そうなるように努力して作られたものだったというだけだ。


「それで、これから行く場所ってのは?」

「加工場だ」


 ジンは答えた。

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