第461話、おかしな木の切り方


 浮遊ボートを使って、ダンジョンの底へ降りる。


 地下とは思えないほど普通の森だった。直接太陽の光は差し込まないはずだが、地下とは思えないほど天井は明るかった。


「これがダンジョンだな」


 地上の常識は通用しない。さて、手近なところから切っていくかと思ったソウヤをよそに、ジンが魔術師たちを集めた。


「それでは、伐採と平行して切断系魔法の訓練を行う。仲間を巻き込まないよう注意しながら木を倒していってもらいたい」

『はい!』


 魔術師組が元気よく答えた。攻撃魔法を積極的に使っていい場面は日常生活では限られるから、魔術師たちはどこか楽しそうだった。


「エアカッターは、ここにいる全員がほぼ習得していると思う。今回はより威力のある上位の切断魔法を使っていこう。ソフィア、例を見せて」

「はい、ジン師匠。……行きます! ソニックカッター!」


 短詠唱で発動。見えない斬撃は射線上の木を数本両断した。魔術師たちから声が上がる。ジンは言った。


「ソウヤ、倒した木の回収は任せる」

「お、おう……」


 ――オレは木を切らなくていいのか……。


 むしろ豪腕を活かしてガンガン切っていく方だとばかり思っていた。ソウヤは拍子抜けしてしまう。


 魔術師たちがさっそく作業を始めると、ジンは続いてやってきた戦士組に声をかけた。


「では諸君。今回は前回教えた武器に魔力をまとわせて飛ばす魔法技を実践で使ってもらおうと思う。そこらにある木を一撃で切り倒すんだ」


 ざわつく戦士たち。『できるかな』とか『あんま自信がない』というメンバーをよそに、セイジやカリュプス組はそれぞれの得物に魔力を宿らせる。


「やります……!」


 セイジがショートソードを構え、袈裟斬りの如く振った。剣先に集めた魔力が刃となって、木を斜めに切った。


 ――へぇ、何か剣豪の技っぽいな。


 真空なんちゃら斬みたいな、というのは完全な想像だが、ソウヤは戦士組も魔法を取り入れた技を使えるようになっていることに小さな感動をおぼえた。


 魔術師組、戦士組問わず、そこかしこで木が切り倒されていく。それを見やり、ソウヤは身震いした。


 ――これがもし魔王軍との戦いの場だったら、こいつら凄まじい戦果をあげるんだろうな……。


 少数部隊であっても、大軍をある程度撃破してしまえる攻撃力。魔王軍との戦いがいつ起こるかわからない今、それはとても頼もしく思う。


 だがこれが魔王軍ではなく、人間同士の戦いで使われたら――身震いの原因はそれだった。


 大木をも一撃で切断してしまう魔術師や戦士の集団。その破壊力は脅威と言える。


 ――あまり強くなり過ぎるのも困りものだが、魔王軍相手だとどれだけ強くなっても足りないんだよなぁ。


 バランス感覚の難しさ。ソウヤは悩んでしまうのである。


 その時、ひときわ重量のある物体が地面にぶつかる音が聞こえた。何事かと足を向ければ、巨大過ぎる木が倒れていて、灰色髪の美女――クラウドドラゴンと、魔法格闘士の少女ティスがいた。


「人間にしては見事な一撃だったわね、ティス」

「ありがとうございます、師匠」


 手を合わせて頭を下げるティス。


 ――こいつら完全に師弟になってやがる……。


 ソウヤは顔を引きつらせた。魔法格闘士の戦い方が、人間形態のドラゴンと相性がいいという話はあったが、しっかり教えてもらえているようだ。


 クラウドドラゴンは森を見据える。


「次。まず手本を見せる。見てて」


 クラウドドラゴンが跳躍した。まるで風のように。次にその姿が見えた時、次々と木が倒れた。


「5秒あげる。まずは連続して3本倒してみせなさい」

「っ! はい、師匠!」


 ティスが頷くと、木に向かって跳んだ。目にも留まらぬ――いやソウヤの目に見えたが、5秒の間に、ティスは2本の大木を魔法の力を込めた拳で切り裂いたが、残り1本は時間切れだった。


「倒した木を蹴って跳んでいては遅い」


 クラウドドラゴンは言った。


「足で蹴って木を倒しなさい。いえ、違うわね。木を足場にするだけでいい。足場として蹴った衝撃で倒すのよ」


 ――ああ、なるほど。


 ソウヤはクラウドドラゴンの言った意味を理解した。パンチだキックだと攻撃するのではなく、移動するだけ。その足場にしたついでに壊す、ということだ。


 本人は移動しているだけだから、攻撃のモーションがない分、時間短縮ができるわけだ。――オレにもできるかもしれない。


 ソウヤが脳内シミュレーションをする。


 ――いや、これ足場にする必要があるから跳躍の時に壊しちゃいけないか。最初のタッチの時は壊さず、踏ん張った直後に壊すのか……うわぁ、加減が難しそう。


 などと考えている間にも、そこかしこで木が倒されていく。


 武装系商人とはよく言ったものだ。いや商人ですら関係ない。


 メンバーたちは、ひとりとしてまともな方法で木を切っていない。斧とかノコギリを使わずに、一部の者を除いて遠距離から倒している。


 伐採作業は倒れてくる木で大怪我もあるから、距離が離れているのはいいことではあるが……。


「ソウヤ様ー!」


 レーラとメリンダが、魔術師たちの後ろにいて手を振っている。


「倒した木を回収してくださーい!」

「おう!」


 ちょっと考え事をしていたらこれである。魔術師たちは新しい魔法が使えるからと張り切り、戦士たちも同様だ。一枚の葉を虫が食べていくのを早回しで見るが如く、森の端が開拓されていく。


「これ、業者の伐採ペースじゃないよな……」


 ソウヤが倒された木をアイテムボックスに収納する。そこでふとジンに聞いてみる。


「切り株とか結構あるが、これって掘り起こしたり撤去しないといけなくないか?」

「ここはダンジョンだから不要だ」


 ジンは答えた。


「この切り株から勝手に木が再生するから」

「そうなのか……。そりゃまた便利だな」

「むしろ、完全に撤去してしまうと、再生に時間がかかる」


 要するに欠片でも痕跡を残しておいたほうが再生が早いということらしい。さすがダンジョン、わけがわからない。


 ともあれ、伐採作業は滑り出しとしては順調だった。魔法などをガンガン使っている結果、消耗も早く、しきりに休憩をとっていたが、それでもそのペースは驚異的だった。


 だが忘れてはいけない。ここはダンジョンである。当然の如く、モンスターが現れた。

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