第460話、魔の山――テーブルマウンテン
広大なる森林地帯が広がる。ゴールデンウィング二世号は高度900メートルの高さにあって、森の上を進んでいた。
船橋からライヤーは言った。
「でかい森だ。ここなら数十本単位で切っても問題なくね?」
「残念ながらお勧めはできない」
ジンが下を見下ろしながら言った。
「何でだ、ジイさん?」
「この森の境界線は実に不確かでね。かなりの範囲がエルフたちのテリトリーだ」
「エルフ……」
ライヤーが察した顔になった。
「下手に近づいたら弓で狙撃されちまうな……」
「彼らは、他の種族が森の木を切り倒すことに容赦がない」
「怖い怖い」
首をすくめるライヤー。ソウヤは前方を見やる。
「目的地はアレか?」
「あぁ、そうだ」
船首方向、前方にデンと山が見えている。上半分がごっそり切り取られたような平行なその山に、ソウヤは思わず呟いた。
「テーブルマウンテンだな」
柔らかい地盤が雨や風で削られ、固い地盤が残ったもの。その形からテーブルマウンテンなどと呼ばれる。元の世界でもギアナ高地などにあると聞いたことがあるソウヤである。
「でけぇ山だな。アレの上に降りればいいのかい、ジイさん?」
「あれでも低いほうなんだがね。そうだ。頂上に穴が開いている。そこから入って下へ行くと、我らが目指しているダンジョンがある」
「あの山の中かよ」
ゴールデンウィング号は、テーブルマウンテンに近づく。
切り立った崖となっている四方を見れば、歩いて頂上に行くのは不可能なのがわかる。かなりの高さをロッククライミングしないと無理だろう。
ソウヤは老魔術師に顔を向けた。
「あの山はエルフたちのテリトリーか?」
「いいや。あそこはエルフたちも魔の山と呼んで近づかない」
「魔の山?」
「モンスターでも出るのかい?」
ライヤーが問うと、ジンは肩をすくめた。
「ダンジョンだからな。ただあくまでダンジョンの中だけだから、エルフたちが魔の山と呼んでいるのは別の理由だと思うね」
ただし、ジンもその理由は知らないと言う。後で、エルフの治癒魔術師のダルに聞いてみるか、とソウヤは思った。
テーブルマウンテン頂上に、ゴールデンウィング号は差し掛かる。ライヤーが口笛を吹いた。
「すっげ。マジで真ん中にでかい穴が開いてらぁ」
穴の内壁に沿ってらせん状に道が走っている。頂上からなら、徒歩で山の内側を降りていけるようだ。
「これ、船ごと下まで降りられるな」
飛空艇でも余裕で真ん中を通過可能な広さがある。
「そのまま降りたほうがショートカットできそうだ」
ライヤーは感覚で飛空艇を穴の中央へと移動させる。
「一応、真っ直ぐ降ろすが、内壁に接触しないように誰か見てくれるか?」
操舵輪の位置から船の真下は見えないのだ。
「なら、オレは右舷を見るわ」
「なら私は左舷を見よう」
ソウヤは右、ジンは左とそれぞれ船橋の端へ向かった。飛行石を調整し、ゴールデンウィング号はゆっくりと、テーブルマウンテンの大穴に降りていく。
「周囲が壁ってのは圧迫感があるなぁ」
ライヤーが口を歪める。ソウヤは右側を見るが、側面の翼も含めて、接触する気配はない。
テーブルマウンテンの内側のらせん状の通路は、ところどころ木が立っていて、ちょっとした山道になっている。
「散歩気分で歩くのも悪くないな」
「山の内側ってこんなふうになっているんですね」
レーラが船橋にやってきた。ソウヤの隣にやってくると、そこでわずかに顔を朱に染める。
「先日はご教授いただきありがとう、ございました……」
「いえいえ……」
夜にソウヤの部屋で行われた人間の大人のお付き合い。そのレクチャーに参加したレーラである。思い出すと羞恥心がこみ上げるのは、レーラだけでなくソウヤも同じで、少々気まずい。――柔らかかったです。色々と。
合掌。本番と呼ばれる行為はしていない。していたら教会関係者に殺されるとソウヤは思った。
それはともかく――
「もうすぐダンジョンに到着するぞ」
「そうですか」
レーラはそこから見える景色に驚嘆する。
「わぁ! すべてがスケールが違いますね! こんな光景を見られるなんて……。世界の神秘です」
「観光名所になるかもな」
飛空艇でより自由に行き来できるようになれば、将来そうなるかもしれない。世界の絶景!
「いや、ここダンジョンだから観光は厳しいか」
見たところモンスターの姿は見えない。もっと奥だろうか。
「少し暗くなってきましたね」
「太陽の日差しが届くのは昼間の限られた時間だけなんだろうな」
穴の奥へとゴールデンウィング号は降下する。底は薄暗い。……薄暗い?
「真っ暗じゃないのか」
「ここはダンジョンだからね」
船橋の反対側からジンが言った。
「この地下は、普通の地下世界を想像しないことだ。ここは動物と広大なる森が存在する、ひとつの世界だ」
周囲が暗くなったのは数秒。すぐに別の光源によって視界が開けた。
「うわ……」
森が広がっていた。大きな古代樹や曲がりくねった大木。小高い丘や崖に湖や川もある。ひとつの世界とはよく言ったものだ。
これがダンジョンだ。
「ライヤー。まもなく底だ。速度を落とせ」
「了解」
ジンの指示に、ライヤーは答える。
ゴールデンウィング号は、ダンジョンの底から三十メートルほどの高さで停船した。
・ ・ ・
「木を取りにきたんだが……これいいのかな?」
ソウヤは眼下の光景に戸惑った。
秘境。その広大な自然を荒らすのは少々ためらってしまう。ジンは言った。
「気にするな。ここはダンジョンだ。木を根こそぎ倒しても、すぐに生えてくる」
「本当に?」
「ダンジョンの地形保護能力というのは馬鹿にできない。壊したものも元通りにしようとする力が働く」
当然、木がなくなれば元の状態に戻そうとダンジョンが働くという。
「ダンジョンって凄いんですね」
レーラが感嘆を口にした。ソウヤは甲板を見下ろした。
「上陸班! 伐採に行くぞ! 準備!」
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