第449話、本命のご相談


 予定にはなかったが、予想より早く魔力式ジェットエンジンについての話し合いがもたれた銀の翼商会とドワーフ商業組合。


 新式エンジンについての契約が交わされた中、ソウヤは本来切り出すはずだった話をドワーフのギプスにした。


「実は、オレたちは飛空艇を作っている方々に相談があってきたんです」

「と、言いますと?」

「実は、うちの商会で2隻目の飛空艇を計画しているんです」

「ほぉ、2隻目ですか」


 ギプスは顎髭に手を当てた。


「よい発掘品を手に入れられたので?」

「いえ、完全に一から建造する新造船です」

「新造船ですと!?」


 ギプスはビックリして腰を浮かしかけた。


「ああ、失礼しました。飛空艇を一から作るというのは、ドワーフの機械職人なら誰もが夢見ています」

「よーく、わかるぜ。その気持ちはよぉ」


 ライヤーがうんうんと腕を組んで頷いた。飛空艇好きはここにもひとりいる。


「それで、我々はこんなものを考えているんですが……」


 ソウヤはジンにアイコンタクトをした。老魔術師は紙を出して、さらさらと飛空艇の図を描いた。


 ――絵を描くの早ぇ……。


 感心するソウヤをよそに、ジンは飛空艇の図を完成させて、ギプスに見せた。


「……これはまた、斬新な型ですな……。ブリッジが前ですか?」

「マストに帆を張らないんですよ」

「なるほど、帆を見る必要がないと……。船体もかなり変わっていますな。非常にカクカクしていると言いますか、船らしい曲線があまりない」

「水面に下りないことを前提にしているんだよ」


 ジンが指摘した。


「これまでの飛空艇の大半が船体が水上船の形をしていたのは、水面に着水するためだ。だが下りないのであれば、船の形にこだわる必要はなかろう?」

「言われてみれば、確かに!」


 ポンとギプスは手を叩いた。


「盲点でした。今まで発掘された飛空艇はほぼ水上船型の船体をしていたわけで、あなたのご指摘通り、着水しての停泊のための形だと思われていました。そしてそれが常識だと思っていた」


 ギプスは頭をかいた。


「最近は発着場の数が増えて、水面を利用することが減ったと聞いております」


 ルガードークに至っては、完全に陸地で湖なども近くにはない。


「いやはや、もっと早くそれに気づくべきだった。補修や修理ばかりしていて、飛空艇とはこういうものだと常識として刷り込まれてしまったのですなぁ」

「曲線がないのは、製造のしやすさを考えてのことだ」


 船の材料である木材を、船のカーブにそって曲げるのは、中々時間のかかる作業となる。


「確かに、帆船型の飛空艇に比べると、かなりシンプルな作りのようですね」

「シンプルと言えば、こういうのもある」


 ジンが新たな船の図を描いた。ギプスは目を剥いた。


「これは……シンプルというか……シンプル過ぎませんか?」

「着水を考慮せず、マストを使わないなら、こういう形の飛空艇もありだと思うよ」


 それは長方形の船体に、左右にエンジンが1基ずつ取り付けられているだけに見えた。マストがなく、構造物らしい構造物がないので、ソウヤにはSF的モブ宇宙船を連想させた。


「どうだろうか、ギプスさん。量産性に向いた型も考えてるんだが」

「はい。私は船大工ではないので、さほど詳しいことは言えませんが――」


 そう前置きして、ギプスは言った。


「船としては非常に不格好です。シンプル過ぎて、作りかけのように見えなくもない。しかし合理性を突き詰めていくと、むしろこうなっていくのではないかと驚嘆もしています」


 ――それは褒めているんだよな、一応は。


 複雑な表情になるソウヤ。ギプスは腕を組んだ。


「もし建造となれば、従来の船より格段に早く作れるでしょうね。形だけは」

「形だけは?」

「はい。銀の翼商会さんは飛空艇を所有しているのでご存知でしょうが、飛空艇は数が限られております。原因は発掘品ばかりなことと、飛空艇を飛ばす飛行石の入手が困難なこと」

「しかし、ルガードークでは、人工飛行石の研究もしているのでしょう?」

「ご存知でしたか」


 ギプスは頷いた。


「しかし、本家の飛行石に比べて出来はよろしくありません。何より高く浮けない。つまり、銀の翼商会さんの提案する船体は、確かに建造に向きますが、肝心の飛行石がなければ意味がありません」

「まさしく」


 ソウヤは相づちを打った。


「ですが、人工飛行石の研究が進み、量産できるようになれば……どうですか?」

「そうなれば、ルガードーク中の機械職人たちが自分の船を作って空へ漕ぎ出すでしょうね」


 からからとギプスは笑った。ソウヤは机に肘をついて、ライヤーとジンを見た。ライヤーはキョトンとしたが、ジンは頷いた。


 彼は皮袋を机の上に置いた。ギプスは首を傾げる。


「これは、その人工飛行石だ」


 老魔術師が、ゴトリとその飛行石を置いた。銀の翼商会所属、魔術師たちがジンの指導のもと作り上げた人工飛行石のプロトタイプである。


「古の魔術師の工房遺跡を発見してね。これで二桁の飛行石を手に入れた」

「……!」


 ギプスは絶句している。


「純正の飛行石に比べるとやはり高度は制限されてしまうが、複数積みをすることで性能アップが実証された」

「複数積み……!」


 目から鱗が落ちたようだった。ギプスは興奮した。


「複数の人工飛行石で高度を伸ばせる! それは大発見ではありませんか!」


 あー、しかし――と、ギプスは考える。


「こんな大きな人工飛行石は初めて見ます。その性能もおそらく現状のものでも最高に違いない……。ソウヤさん、この人工飛行石を売っていただけないでしょうか?」

「ある程度は」


 ソウヤは微笑した。


「ただ、こちらも船が欲しいわけです。しかもできるだけ早く」

「銀の翼商会さんのために建造ドックをひとつ押さえましょうか?」


 ギプスは提案した。


「業者もこちらで手配いたします」

「ありがとうございます。しかし、ひとつ提案と言いますか、確認してもらいたいんですが」


 ソウヤは、ジンの描いた飛空艇図を指でなぞった。


「いま船の依頼を出したら何隻まで発注できて、このタイプの新造でどれくらいの時間と費用がかかるか、見積もりを出していただけますか?」

「複数隻の発注、ですか……!」

「建造費の他に、完成させられる職人の工房には、この人工飛行石を進呈いたします。いかがでしょうか?」

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