第450話、売れるアテがあるから作るのだ
商業ギルドのギプスは、銀の翼商会が提案する飛空艇2種類の図面を持って急ぎ帰っていった。
本来の予定だった第一案と、それより簡素でシンプルな第二案――なお、この第二案のほうは、ソウヤが簡易量産型としてジンに頼んでいたものである。
「お疲れさまでした」
会談が終わったのを見計らって、レーラがお茶のお代わりを持ってきた。すっかり気を使わせてしまっている。
「それで、ボス」
ライヤーはお代わりのお茶をもらいながら言った。
「2隻目を作りたいって聞いていたけど、何で複数も船を作れるか確認したんだ?」
「ルガードークのレベルを知りたかった」
ソウヤはお茶をすする。
「現状で大量発注があったら、どれくらい応える能力があるのか」
「設計図を2種類渡したのもそれかね?」
ジンが腕を組んだ。
「標準船と簡易量産船。どちらが作れるか、それで工房の規模も見るつもりなのかな?」
「ルガードークって、飛空艇の部品作りと発掘品の改修と整備をやっているけど、新造船についてはあまりないって聞いた」
その最大の原因は、飛行石の不足。人工飛行石が研究されてはいるが、まだまだ希少ゆえ、船を作っても飛ばせない。それゆえ、ドワーフの機械職人たちは、自分たちの船を作ろうという願望はあるものの、叶えられずにいるという。
「まあ、飛行石がないなら、エンジンのパワーで持ち上げようって高出力エンジンの開発に取り組んでいるんだから、まんざら悪い状況でもないんだけどな」
その究極が、魔力式ジェットエンジンだったりする。ドワーフの職人たちが魔力ジェットを採用している飛空艇であるゴールデンウィング二世号に集まってきたのも、それが理由だろう。
飛行石がなくとも飛ばせる大パワーエンジンではないか、と。
「それはともかく、ドワーフたちは皆、船を作りたい。人工飛行石でももらえると聞いたら、こっちの要望の船が新造でも取り組んでくれるんじゃないかなって思ってさ」
ソウヤは目を細める。
「それに簡易量産船は、大型船用の工房でなくても作れると思う。これは中型、小型船の工房にも試してもらえるし、建造しやすさ重視だから、自分たちの新造船作りにも参考になるんじゃないかな」
「ついでに経験値稼ぎにもなるだろうね」
ジンは頷いた。ソウヤは苦笑する。
「ただ、ルガードークの工房だって、他の仕事を抱えているだろうし、どこまでこちらに応えられるかはわからないんだけどね」
最悪1隻しか新造できる余裕がないかもしれない。この町の飛空艇関連の仕事がどれくらいあるのかは知らないから、忙しい時期だったりするかもしれない。……逆に暇かもしれないが。
「だがよ、ボス。飛行石欲しさに注文受けられますって工房が多かったらどうするよ? 新造船ともなればめっちゃ金かかるだろうし」
「あまりに多かったら厳選することになるだろうが、数隻程度なら買えると思うぞ。うちの商会は金持ちだからな」
色んなところで儲けたお金がある。ジンからもらった財宝もある。もう稼がなくてもいいんじゃないか、と言ったのは誰だったか。
「船は買えてもよ、クルーはいないぜ?」
「実は、それについてはあまり心配していないんだ」
「そうなのか?」
ライヤーが目を見張る。
「クルーのあてがあるのかい?」
「いや、簡易量産船のほうは売るんだよ」
「売る!」
素っ頓狂な声を上げるライヤー。しかしすぐに思い直したように声を落とした。
「ああ、うちは商人だもんな。そりゃ飛空艇も商品だよな。でもさっきも言ったが船は高いぜ? 買い手に心当たりがあるのか?」
「王国が買ってくれるよ」
しれっとソウヤは告げた。
「え? もう注文入っていたりするのか?」
「いいや。まだ何の話もしていない。だが、最近の情勢を見るとな、売ると持ちかけたら手を挙げるだろうよ」
エンネア王国は、王国内の魔王軍拠点への早期攻撃のため、保有する飛空艇による部隊輸送と襲撃を行っている。
だがそれにより王国軍保有の船は投入されてしまい、他の任務に割り当てられる船が不足しているという状況となっていた。
カロス大臣の言葉だから信用していいとソウヤは思っている。ここに簡易型でも輸送に使える船が調達できると知れば、王国が買わない理由がなかった。
これまでは探さねばならなかったものが、これからは買うことができるようになるのだ。
ライヤーがゴクリと唾を飲み込んだ。
「そこまで見越していたのか……!」
「心当たりがあるってだけだ。それに王国でなくとも、お金があっても飛空艇がレア過ぎて手を出せなかった人も、買えると知れば声をかけてくるだろうよ。……ただ――」
「ただ?」
「飛空艇の数が増えると、航空法というのかな。空に関するルールも必要になると思う」
飛空艇の安全な航行のために。
「ルール? 自由な空で規則を抱えて飛べってか?」
ライヤーは不満そうだった。空に自由を求めている彼のことだ。ルールなどで縛られたくないのだろう。
「大雑把でもないと困ることもあるだろう。王城に近づき過ぎて撃墜されたくはないだろう?」
飛空艇が都市や集落などを超低空で侵入して、人々を脅かしたり、建物を破壊した場合の罰則ルールとか。
飛空艇の発着場利用の順番だったり、空中で飛空艇同士が衝突しそうな場合の回避ルールだったり。
「そりゃあ、まあ……」
「ルール決めの話し合いの会合とかあったら、お前さんを飛空艇のエキスパートとして呼ぶからな。いつになるかわからんが、その時は覚悟しておけよ」
「エキスパートね」
ライヤーは満更でもなさそうな顔になる。
話がひと段落したと見たジンが口を開いた。
「魔術師たちには、どんどん飛行石を作ってもらおう」
「それがいい。あればあるほど必要になってくるだろうからな」
ソウヤは老魔術師を見た。
「それと小型船や中型船の需要を見越して、いくつか案をまとめてもらっていいか? こちらから提案できるように」
「ふむ、考えておこう」
「頼むぜ、爺さん」
その後も飛空艇談義は続き、盛り上がるソウヤたちを見守ってレーラは優しく微笑んでいた。
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