第447話、報告義務


 飛空艇建造に向けて、ドワーフたちの町ルガードークに行くことになった。


「ソウヤ、ちょっといいか?」

「どうした、カマル?」


 大事な話がある、という諜報畑の友人。ソウヤはゴールデンウィング号の船室に移動し、そこでカマルから話を聞く。


「飛空艇用の人工飛行石の件についてだ」

「ふむ」

「おれは王国に報告書を書かないといけない」

「それがお前の仕事だもんな」

「人工飛行石のことを報告書に書いてもよいだろうか?」


 ふだんのイケメンがかなり深刻な表情で言った。ソウヤは首をかしげた。


「よいだろうか、じゃなくて、書く、じゃないのか?」


 そもそも、カマルはアルガンテ王から派遣された連絡員である。正確に言えば、彼は銀の翼商会に所属しているとはいえない。


「報告はお前の義務だろ。仕事しろよ」

「商会にも機密というものがあるだろう?」


 カマルは叱るように言った。


「特に莫大な金になるような話だ。商売が成立するまで秘密にしておきたいこともあるだろう?」

「さあな、あるかもしれんが、少なくとも、お前の報告書はアルガンテ陛下と、一部の人しか見ないんだろ。むしろ、こっちが何をやってるか知らせてやれよ」

「いいのか?」


 カマルは、あまりにあっさりしているソウヤの態度に呆然としてしまう。


「これでは身構えていた私が馬鹿みたいだ」

「お前のことを信用しているんだよ」


 ソウヤは真顔だった。


「アルガンテ陛下のこともな。むしろ、お前がうちで何をやっているか報せてくれないと、こっちが王城にお伺いを立てないといけなくなるだろう。面倒なんだ、あれ」


 人工飛行石にしろ、飛空艇量産の布石にしろ、これこれこうなのですが、やってもよろしいでしょうか?とお伺いを立てないと危ない案件と考えていた。


 だから、カマルが『こういう発明があって研究しています』と報告してくれれば、王城のほうで『話を聞かせてくれ』ということになる。


「こっちは色々やってるんだから、興味を持ってくれたことにだけ対応しようと思っている」


 せっかく王城を訪れても、興味ないと言われたら無駄足である。国王も忙しいのだから、興味を持ってくれたモノについてだけ時間を割く。


「お前が報告すれば、説明の手間が軽減されるし、こっちの面倒も減るって寸法」

「そういう解釈もあるのか……」


 カマルは考え深げな顔になった。


「おれは仕事柄、重要事は秘密にしておくものだと思っていた。だがお前はオープンなんだな」

「隠し事するってのは、いらぬ疑いを抱かれるもんさ。知らないところで恨みを買ったり、邪推されても困る」


 ソウヤは苦笑した。


「まあ、売り込む手間を省いているのさ。どうにもオレは宣伝が苦手でな。噂を聞きつけてやってきてくれたほうが、広告費用も掛からないだろう」

「お前……」


 カマルは開いた口がふさがらなかった。


「王国を利用しているのか?」

「王国だって、オレたちを利用している。お互い様さ」


 ソウヤは相好を崩した。


「そういうわけで、人工飛行石と飛空艇建造の件はよろしく。……あー、人工飛行石についてはまだ試作段階と書いておけよ。まだ検証が足りないからな」

「わかった」

「今後も、お前のほうで報告書について気になることは言ってくれ。それで必要なら一緒に内容を考えよう」


 ソウヤは席を立って部屋を出る。カマルもついてきた。


「ルガードークで、船を作ってもらうんだな?」

「そのつもりだ」

「人工飛行石の件はどうする? ドワーフたちに知らせるのか?」

「うーん、どうしようかな。試しの一個ってことなら、どこぞの遺跡から見つけたやつってことにできるな。……いや、研究していた試作品を王国から借りたって手もあるな」


 ニヤリとするソウヤ。


「お前はどう思う、カマル?」



  ・  ・  ・



 ゴールデンウィング二世号は王都を離れた。


 アイテムボックスの共有領域を利用した転送ボックスを使い、ルガードークの機械職人ブルーアに、飛空艇の建造計画と図面を送った。見積もりなどを知りたいとメモも出して、現地に到着するまでに、ある程度の情報を集めてもらう。


「バッサンでは浮遊バイク。今度はルガードークで飛空艇か!」


 ゴールデンウィング号の舵を預かるライヤーは上機嫌だった。


「ドワーフたちも張り切るんじゃないかな?」


 あの町は、飛空艇の部品の製造や修理を生業としている。発掘品ばかりの飛空艇だが、ドワーフたちはその手先の器用さで、古代文明の技術を模倣し、何とか動かせるようにした。


 今でも飛空艇に関係する技術では、王国一番を自負している。


「そういや、あそこって飛空艇を新造しているのかな?」


 現在の飛空艇は再生品ばかりで、オリジナルの船はあるのか。


「あるんじゃね?」


 ライヤーは言った。


「さすがに大型船はわからねえが、修理や補修の経験はあるはずだから、機会さえあれば作れるんじゃねえかな? ドワーフも人工的に飛行石を研究していたし、もう小型船なら完全オリジナルもあるかもな」


 こちらはより性能の高い人工飛行石を持ち込む。それを見れば、ドワーフたちもオリジナルの飛空艇作りに没頭するのではないだろうか。


 ソウヤとライヤーは期待に胸を膨らませる。ゴールデンウィング二世号はバンガランガ峡谷へと到着する。


 ドワーフたちの里、その玄関町であるルガードークはすぐそこだ。


「それで、どこに降りればいいんだい、ボス?」

「このまま進め。この先に飛空艇用の発着場がある」


 飛空艇の修理や補修もやっている町である。当然のように発着場があるのだが――


「あの空っぽのドックか?」

「……えーと、三番……そうだな。あそこだ」


 ソウヤはブルーアから届いた返事の手紙を確認する。


 発着場3番――とだけ書かれたシンプルな内容だ。


 ライヤーが首をかしげた。


「何か、人が多くね?」

「……多いな」


 VIPの到着を待つために詰めかけた観衆みたいな集団ができている。


「何かあったのかね?」

「さあ……」

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