第446話、飛空艇第一案


「やっぱエンジンなんだよ!」


 ライヤーはテーブルの上の図を指さした。


「飛行石はあくまで浮かせるだけ。前へ進むためには推進装置が必要だ」

「前もそんなことを言っていたな」


 ソウヤは片方の眉を吊り上げた。


「おうよ、ボス。エンジンはそれだけ重要パーツだ。たとえばゴールデンウィングのメインである魔力ジェットを載せれば速くなるが、補助エンジンに使っている小型のプロペラエンジンだと鈍足になる」

「じゃあ、魔力ジェットを載せればいいんじゃないの?」


 ミストが言った。ライヤーは指を左右に振った。


「ところがドッコイ、そんな簡単なもんじゃねえんだわ。燃料である魔力の問題がついてくる」

「というと?」

「魔力ジェットは、消費する魔力が大きい」


 ジンが説明した。


「ゴールデンウィング号は、その消費する魔力を特殊な魔力発生魔道具で補っている」


 魔力を無限に生成する魔道具――カルデインの町を襲ったゴブリン大発生事件で回収された希少な遺産である。


「これのおかげで、我々は燃料切れの心配なく魔力ジェットを使っているが、残念ながらこの魔道具はひとつしかない」

「量産できないのか?」

「それができれば苦労はしねえよぉ」


 ライヤーがため息をつく。ジンは付け加える。


「魔力を吸収して燃料に変換する装置はある。だが、魔力発生魔道具と比べると格段に性能は落ちる」

「ないよりマシか」

「魔力式ジェットには少々荷が重い」


 ライヤーの発言に、ジンは言った。


「魔力ジェットの出力を抑えた型であれば多少は保つだろう。その分、速度は落ちるがね」


 じっと話を聞いていたカマルが口を開いた。


「では、従来のプロペラエンジンが現実的か?」

「のんびり飛行する分にはな」


 ライヤーは腕を組んで唸る。


「ただゴールデンウィングよりどうしても速度で劣るから、行動に制約がつくのが問題なんだ」


 急ぎの用件があった場合、速度を上げたゴールデンウィング号に2隻目の船は遅れてしまう。


 何もない時は、ゴールデンウィング号のほうで速度を合わせればいいが、それでも単独の時に比べて、到着時間が遅くなる。


「最初から単独で行動させるって手もあるんだけどな」


 別行動を取るなら、速度差は問題にならない。それぞれの目的地に行けばいいのだ。


 ミストが首を傾けた。


「そもそも、一緒に行動する必要がある?」

「ないな」


 ライヤーはソウヤを見た。


「発端は、輸送用の飛空艇を作ろうって話だって聞いた。そう考えると……別にいいのか。速度差があったって」

「いずれ王国や世界に販売する低高度輸送飛空艇が最初だった」


 ジンも頷いた。


「それが途中で、銀の翼商会用の2隻目の飛空艇を作ろうという話になったのではなかったかな?」

「じゃあ簡単だ。量産を視野に入れて1隻試作する。ゴールデンウィングとの運用は考えない。で、それをモデルにそこから先を考えていくことにするってことでどうだ、ボス?」


 ライヤーが提案した。まずは形にしよう、ということだろう。


「よし、そうしよう。まず1隻を作ろう」


 ソウヤは決断した。必要となるだろう性能などを話し合いつつ、試作飛空艇の要目をまとめていく。それをベースにライヤーとジンが全体のシルエットを描いていく。


 途中、ミストが飽きて退出したり、レーラとリアハが差し入れを持ってきてくれたりしながら、案はまとめられていった。



  ・  ・  ・



 こうして作られた第一案は、輸送型飛空艇。


 全長は、35メートルとゴールデンウィング二世号とほぼ同等。ただし積載量を重視した結果、船体はずんぐりしている。これと比べるとゴールデンウィングはスマートだ。


 船の左右にはエンジンが各1基ずつ張り出している。この辺りは、世間一般的な船と同じくメインエンジンが2基の型となる。


 船橋、つまりブリッジは船首に近い前側に置いた。


 従来の飛空艇は海上の帆船同様、ブリッジは艦尾側にある。これはプロペラエンジンの他、マストに帆を張って利用するためだ。風の様子を見るには、ブリッジがマストより後ろにあったほうが都合がよい。

 前方視界はほぼ犠牲になるが、マストの上の見張り台がおおよその報告をするので、さほど問題にならない。


 が、第一案の輸送型飛空艇はマストに帆を張らない仕様のため、前方視界の確保も兼ねて前にブリッジを置いた。海と違って波を被ることもないから、船首側でも問題ないのだ。


 昨今、プロペラエンジンの出力向上もあって、飛空艇も帆船航行を活用する機会が減ってきているという。


 とはいえ、エンジントラブル、魔力切れの際の非常時に帆を活用する場合もあるため、いまだ飛空艇の大半ではマストと帆が装備されている。


「つっても、プロペラエンジンのほうが断然速いけどな!」


 帆船航行に頼るくらいなら、浮遊ボートに引っ張ってもらったほうがまだ速いんじゃないか、とライヤーは指摘した。


 その結果、帆を張るためとしてのマストは排除された。しかしそれ以外の用途に使うため、ブリッジ後ろにマストが一本立っている。見張り台だったり、魔力レーダーだったり、あるいは通信機も取り付けられるように、とジンが言っていた。


 現代的な船だなぁ――とソウヤが図を見た感想である。


 船体中央より後ろは貨物区画になっていて、ここに荷物を積み込む。ずんぐりした船体のおかげで、同サイズの飛空艇より積載量に優れる。


「これぞまさに輸送型!」


 第一案を見やり、ソウヤは頷いた。カマルが横から図面を眺める。


「輸送型でも、飛空艇が作れるとなると、武装した軍艦も欲しくなるな」


 人工とはいえ、飛行石が量産の見込みが立った以上、普通に武装した飛空艇も欲しくなるのが国家というものだ。


 掘り出しモノ頼りから脱却したとなれば、エンネア王国をはじめ多くの国で、飛空艇の建造が行われるようになるだろう。


 大飛空艇時代の幕開けも近いかもしれない。


「あと問題は、これを1隻作るのにどれだけのコストと時間がかかるか、だな」


 作れるようになったとなっても、船を作るとなれば高い買い物になる。費用の問題から、当面は浮遊ボートなどの小型船の建造が主流になりそうだと見る。


「国や大富豪、大商人には大型船。民間には小型船か……」

「何だって?」


 カマルの問いに、ソウヤは小さく笑った。


「また儲かってしまうなぁ、うちの商会は」

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