第445話、ソウヤ、ちょっと魔法を使う


 巨大な岩塊に飛行石をくっつけて重量物を浮かせる。その過程で、用意された岩塊に魔術師たちの注目が集まった。


 ストーンウォール――岩の壁を形成する魔法だ。


 一般的な認識では、防御魔法の類いと認識されていて、投射攻撃から身を守る壁を形成するとされる。


 大の大人ひとりを完全に隠す大きさの壁が普通で、優れた魔術師となれば数メートル範囲の、それこそ一般住居程度の大きさの壁を生成するとされた。


 が、ここでジンは、お屋敷ほどの巨大な塊を生成させ、さらにその重量を浮遊の魔法だけで支えてみせた。


「大きさなど関係ない」


 老魔術師は、目撃することになったサジーたちに告げた。


「他の魔術師が使ったストーンウォールを見て、自然とサイズを定めてしまってはいないか?」


 勝手に自己制限するから、全長数十メートルほどの岩壁に驚くのだ――とジンは言ったが、聞いていたソウヤとカマルは顔を見合わせた。


 ――普通、驚くよな?

 ――ああ、さすがにアレはデカ過ぎる。


 規格外だと思うのだが、そういう当てはめが、そもそも間違いなのだとジンは言うのだ。


 特別授業と言うことで、飛行石のテストの合間に、魔術師たちはストーンウォールの魔法の訓練にかかった。


「一番大きな壁を作れ」


 その課題に対して、サジーとジェミーはさっそく魔法を使った。サジーは高さ5メートルほどの巨壁を地面から生やした。


 一方、ジェミーは必死にイメージを重ねてようやく三メートルほどの壁を作った。


「記録更新かな? しかし、まだ常識に縛られている」


 ジンは指摘した。


「さあ、ヴィオレット。君もストーンウォールに挑戦してみよう。岩の壁をイメージして。君は闇の魔力で、形成された魔力の結合を分離させるのが得意だろう。その逆、分離している魔力を結合するイメージで――」

「はい、師匠」


 ヴィオレットは瞑想する。


「魔力を砂にイメージしてもいい。それをくっつけるイメージだ。まずは壁を形成しよう。岩壁でなくても砂壁でもいい」


 要するにイメージだ。聞いていたソウヤは地面にしゃがんで手をついた。


「ソウヤ?」


 カマルとレーラが注目する。ソウヤは答えた。


「オレもやってみる」


 ついた手から魔力を感じて、頭の中でイメージを固める。大きさは、ジンがやったようにとにかくデカいやつ!


「!」


 バリバリと音を立てて、大地が揺れた。地面から岩の針山が生える。


「うおっ!?」

「ソウヤ様!?」

「これはまた……」


 ジンは顎髭を撫でた。


「勇者君。いったい何をイメージしたんだ?」


 壁? 否、まるで山のような岩の塊がそこにあった。長さ、高さともゴールデンウィング二世号より大きい。先ほどジンが作り飛ばしたものよりも巨大だ。


「爺さんがイメージだって言うからさ」

「山を作れ、とは言っていないがね。しかし大したものだ。諸君、これがイメージの力だ」


 魔術師たちは呆然と、山のような壁を見上げている。


「信じられない……」


 サジーは空いた口がふさがらず、ヴィオレットも首を振った。


「さすが勇者様。なるほど、これは魔王を倒せますね……」

「凄いです、ソウヤ様!」


 レーラが尊敬の目を向けてくる。隣でカマルが呆れつつ言った。


「壁、というには不格好だが、見ようによっては壁だな」

「お前ももう少し素直に褒めたらどうだ?」

「これでも褒めているんだがね。ただ、事実だろう? 壁というのは少々無理があると思うぞ、この形は」

「山だもんなぁ」

「うわっ、なんじゃこりゃ!?」


 ライヤーが素っ頓狂な声をあげた。ソウヤの作ったストーンウォールを見て驚愕している。


「今さらかよ……」

「おれは空を見ていたんだ!」


 ライヤーは上空の浮上する岩塊を指さした。


「それがこれだ。ちょっと目を離した隙に、何てものができてるんだ!」

「……」

「どうした、メリンダ?」


 カマルが、ずっと黙っている女騎士に声をかけた。メリンダは複雑な顔になる。


「ソウヤはこっち側の人間だと思っていたのに……」

「何の話だ?」


 意味がわからず聞き返すソウヤ。メリンダは露骨に口元をへの字に曲げた。


「魔法が苦手な、筋力全フリ勇者だと思っていたのに、魔法も全然使えるじゃん!」

「あー」


 そういえば、メリンダは魔法が使えない系騎士だった。豪腕系勇者に密かに親近感を抱いていたらしい。


「なにアレ? 防御魔法を使ったらそのまま敵を攻撃してましたってか? 天才かよ!」


 物凄く悔しそうなメリンダ。発狂とは言わないが、彼女がここまで感情を露わにするのは珍しい。


「確かに、ストーンウォールというよりアーススパイク系に近いか」


 ジンが腕組みをする。地面から岩のトゲを無数に生やして、足元から串刺しにする土属性魔法が、アーススパイクである。


「諸君。ソウヤは魔法の真髄を披露してくれたぞ。ストーンウォールもアーススパイクも同じ、地面から生やす系の魔法。その差はほとんどなく、ひとつで両方の特性を合わせることもできるとね」

「おおっ……」


 魔術師組から羨望の眼差しが向けられる。レーラは拍手までしていて、ソウヤは少々照れてしまった。


 ――違うんだ。ちょっとやってみただけなんだ。



  ・  ・  ・



 飛行石テストは順調に終わった。この成果に、いよいよ2隻目の計画を進めていくソウヤたち。


 だが、案の定と言うべきか、同行しなかったイリクが地団駄を踏んだ。


 飛行石のテストもそうだが、ジンの規格外ストーンウォールについての講義を見逃した上、ソウヤが規格外ストーンウォールを使った場面を見損ねたからだ。


 報告したサジーは、大変悔しがる父親の姿に生温かな目を向けて微笑するのだった。

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