第443話、お出かけしましょ


 人工飛行石のパワーが足りないなら、複数使ってみたらどうか?


 ソウヤの提案に、ライヤーは目を見開いた。


「! 確かに! ジイさん、どうなんだ?」

「さあて、どうかな」


 老魔術師は顎髭を撫でた。


「試していないから何とも言えないな。だが、実にもっともでもある」

「そうですね」


 ジェミーも同意した。


「完全な飛行石に及ばないなら、数で補う……。それで必要な性能に達するならば、現状の発掘待ちの状況は一転して、飛空艇の自力建造も可能になるかと」

「やべぇ、また銀の翼商会が儲けてしまう!」


 ライヤーは笑いが止まらない。人工飛行石を量産、売るだけで世界中から買い手が押し寄せてくるに違いない。王国ももちろん真っ先に手を挙げるだろう。


 ソウヤは首を横に振った。


「まだ成功すると決まったわけじゃないぞ」


 複数積んでも、思った効果を発揮しない可能性もある。試してその結果を見ないことには、絵に描いた餅だ。


「そうだけどよ……。しかし、エンジンは複数積みなのに、飛行石については一個って決めつけてたなぁ。迂闊だったぜ」

「仕方ないさ。本物は一個あれば充分だったんだから」


 そういうものだ、という意識で固定されてしまえば、単純な答えも見過ごしてしまうことも往々にしてある。


「善は急げだ」


 ライヤーが立ち上がった。


「さっそく実験してみようぜ」


 仮の船を作り、それに複数の飛行石を積んで実際に浮かせてみるのだ。


「その仮の船を作るのが大変じゃないか?」


 ソウヤは思ったことを口にした。模型を作って、正しい形なのか実験したりするのは、元の世界でもあった。だが実際に複数飛行石で試すとなると、かなりの重量物が必要である。


「要はそれっぽければいいのだろう」


 ジンが腕を組んだ。


「ストーンウォールという岩壁を作る魔法がある。それを飛空艇サイズに拡大すれば、重量と浮遊可能高度の関係を確認できる」

「おおっ」


 ソウヤとライヤーが声をあげた。しかしジェミーは眉をひそめた。


「お言葉ですがジン師匠。ストーンウォールで飛空艇サイズはさすがに無理があります」

「何故そう思うのかね?」


 逆にジンは問い返す。ジェミーは視線を彷徨わせる。


「何故って……。ストーンウォールは2、3メートル程度の壁を形成し、防御に利用する魔法――」


 言いかけて、何かに気づいたような顔になるジェミー。


「……可能なのですね?」

「君もここでだいぶ学んだな。見たことがないからできない、と思い込んではいけない」


 ジンは頷いた。


「熟練の土魔法使いは、ストーンウォールで城壁を作ることもできる。大きさに制限はないのだ」


 そこで老魔術師は席を立った。


「外に行こう。せっかくの休日だ。ひとつ開放的な場所でやろう」



  ・  ・  ・



 浮遊バイクに乗るのが何だか久しぶりだ、とソウヤは思った。


 飛行石を使った実験をするために、外に出て、そこからさらに王都の外へと移動する。


 土属性の魔法を使うから外がいいと、ジンは言った。そんなわけで、ソウヤ、ライヤー、ミスト、ジン、ジェミーは浮遊バイクと浮遊トレーラーにそれぞれ分かれた。


 なお、外に行くと言ったら、レーラとメリンダ、サジー、ヴィオレット、カマルが同行を申し出た。


「前のことを思い出しますね、ソウヤ様」


 浮遊バイクを運転するソウヤの後ろに抱きつくのはレーラである。


「そうだなァ。魔王討伐の旅の途中で、何度かやったな」


 二人乗りである。十年前は、過保護な者が多くて、中々浮遊バイクに乗せてもらえなかった聖女様である。


「私も運転したいです」

「じゃあ、今度教える」

「本当ですかっ? 楽しみにしています」


 レーラは屈託なく笑う。少なくとも、今は聖女の使命に囚われずに過ごしているからか溌剌としているようにみえた。守りたい、その笑顔――ソウヤは思った。


 一方、サジーやジェミーにとっては、浮遊バイクやトレーラーは初めての代物で、驚きを隠せなかった。


「噂には聞いていたが、これは快適だな」


 サジーが言えば、ジェミーも同意した。


「地面から浮いている影響で、揺れもほとんどありません。この滑るような感覚は少し慣れが必要かもしれませんが」

「そうか? 高さを除けば飛空艇に乗っているのとそう変わらないだろう。むしろ、こっちのほうが遥かに静かだ」


 サジーはそこで岩のような顔をわずかにしかめた。


「どうしました、サジー殿?」

「親父殿がこれに乗れなかったと知ったら、悔しがるなと思ってな」

「ああ、イリク様」


 ジェミーは察したような顔になった。


「お声はかけられたのでしょう?」

「通信機作りに没頭されていた。親父殿は、ああいうところがある」

「可愛らしいと思います」

「かもしれんが、実の父だからな。複雑な気分だ」


 腕を組んで、サジーは口を引き結んだ。ジェミーはちら、と一瞥した。


「妹殿にはお声を掛けなかったようですが……」

「ソフィアか? あれは彼氏と王都に出かけている」


 休養日ということで、セイジとソフィアは買い物に出かけた。


「俗に言うデートというやつだろう。……何だ?」

「いえ、サジー殿の口からデートという言葉が出てくるとは思いませんでしたから」


 クスリと笑うジェミー。サジーは淡々と視線を前に戻した。


「私とて、人間だからな。木偶の坊、親父殿が作ったゴーレムなどと言われていてもな」

「失礼しました、サジー殿」


 ジェミーは背筋を伸ばした。しかしその表情は穏やかだった。


「あいたっ!」


 後ろで音がして、振り返る二人。見れば騎士メリンダがトレーラーの上で転んでいた。


 近くにいたカマルと視線が合えば、彼はヒラヒラと手を振った。


「気にしないでくれ。カップルを見ると逃げたくなるらしいんだ、彼女は」

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