第442話、二隻目の飛空艇


 個人携帯型飛行石。持つことで一定の高度に浮かび上がったり、飛行したりするためのアシスト魔道具である。


 ――というのが『仮』という状態で、ただいま試験中。休養日も惜しんでテストをしているというとブラックな感じだが、誰も強制していないし、それぞれがやりたいからやっているので、働いているとはまた違った。


 どう考えても遊びの延長線上の行動だった。


 作り方は、そこらにある魔石に浮遊と飛行の魔法文字を刻むだけ、というシンプルなものだ。知識さえあれば、さほど時間がかからず作ることができる代物である。


 ジンが魔術師たちにそう教えたが、ミストはこれについてこうコメントした。


『最初はたぶん、もっと複雑で大仰な作りだったんだと思う。でもあのお爺ちゃんが、物凄くシンプルにする方法にたどり着いて、ああなったんだわ』


 偉大なるジン・クレイマン。伝説になるだけのことはある。


 ともあれ、この意外にシンプル過ぎる人工飛行石は、浮遊や飛行の魔法文字を別のものにすれば、その別の効果を持つ魔道具になるのでは、と考える者が現れた。


 休養日ということで、自身のアイデアを次々に研究しはじめたのだ。


「どいつもこいつも真面目だな」


 実に研究熱心なことだ。もちろん、全体を見れば休養日にかこつけて王都へ外出した者もいるにはいたのだが。


 魔術師たちが個人用の飛行石で遊んでいる頃、ジンと魔道具専門の魔術師は、飛空艇用の人工飛行石をいくつか製造していた。


 そうとなれば、それを収める器とも言うべき乗り物について考えられるのも道理である。元々、銀の翼商会で二隻目の飛空艇を持とうという話から始まっているのだから。


「飛行石があれば飛空艇ができるわけじゃねえんだ!」


 そう声を上ずらせたのは、ライヤーである。


「飛行石は巨大な船を空に浮かべるための代物で、エンジンは別に必要だ。ゴールデンウィングは試作の魔力式ジェットを使っているが、ジェットにしろ、飛空艇用のレシプロエンジンにしろ、それらも手に入れないといけねえ!」

「ルガードークで買えないか?」


 ソウヤは言った。飛空艇パーツの製造が盛んなドワーフの集落であるルガードークなら、飛行石を除く各種パーツを製造、修理をしている。


「ジイさんの浮遊島以外なら、たぶんあそこだろうな、一般でも手に入れられるのは」


 ライヤーは同意した。


「それで、二隻目はどういう船にするんだ、ボス?」

「うーん、そうだな……」

「小回りが聞いて、ゴールデンウィング号を警護するような船にするか? それとも輸送用に積載量を重視した大型の船にするのか」


 ライヤーとソウヤが話ながら休憩所につくと、ミストとジン、王都魔術団からきたジェミーがいた。


「何々、何の話をしていたの?」


 ミストが問うてきたので、ソウヤは席につきながら答える。


「銀の翼商会が保有する二隻目の飛空艇についての話」


 案として、小型快速か大型貨物船が出ていると言えば。


「ソウヤのアイテムボックスがあるから、別に大きな船はいらなくない?」

「ソウヤがいない時のことを考えれば、あってもいいんじゃないか」


 そう言ったのはジンだった。傍らでは、ジェミーが例の飛空艇用飛行石を観察している。魔道具に強い彼女は、自作の飛行石の出来をジンと共に見ていたのだ。


「お言葉ですが、ジン師匠」


 そのジェミーが確認用の眼鏡から顔を上げた。


「この人工飛行石のスペックでは、重量のある大型船を持ち上げるのは難しいです。高度はせいぜい十数メートル程度。これではゴールデンウィング号に随伴は難しいでしょう」

「それなら、アイテムボックスを積むのはどうだ?」


 ソウヤは提案する。


 中のものの容量、重量を無視するアイテムボックスなら、貨物スペースのために船体を大型化する必要はなくなる。


「時間経過を気にしなければ、アイテムボックスは複製できるから、それを搭載する手もあるぞ」


 持っているアイテムボックスの機能のフルコピーはできないが、能力を限定すれば量産可能だ。どこかに配るでもなく、銀の翼商会で使う船に積むならだけなら、作ることもやぶさかではない。


「でもそうだな、人工飛行石の性能だと、ゴールデンウィング号についてこれないか」


 ソウヤが腕を組めば、ライヤーは首をかしげた。


「そうなると、やっぱ小型の船になるか?」

「いまの人工飛行石なら、浮遊ボートより大きくはできる」


 老魔術師はテーブルの上の飛行石をつかんだ。


「高度に関しては重量次第だな」


 スピードについては搭載するエンジンと、やはり船体全体の重量が物をいう。


 ライヤーが適当な紙に、これまた適当に図を描く。帆船のような形で、側面にエンジンが左右それぞれ一基ずつ張り出している。


 ミストはそれを見て言った。


「エンジンの側面に翼をつけたら?」

「翼ぁ?」


 そう言いながらドラゴンの翼を描く。船体から翼が生えている。見ようによっては翼を広げた魔獣のようにも見える。


「ミスマッチだなぁ」


 ライヤーはぼやいたが、「そう?」とミストはまんざらでもない様子。ドラゴンの感性はわからない。


 が、ソウヤとジンは顔を見合わせた。


「翼か。俺たちのいた世界じゃ、飛行機には翼がついていたが……」

「間違ってはいないんだ。ただ、どれくらいの翼をつけるかだが、生半可な素材だと剛性に不安がある――」


 ジンが言うには、風の抵抗に負けて翼が折れてしまう可能性があるという。ゴールデンウィング二世号には斜め下に伸びる翼があるが、それは古代文明時代の魔法金属が用いられている。


 ジンいわく作ることは可能だが、べらぼうにコストがかかり量産向きではないという。


「まあ、二隻目に使うだけなら、作ることも可能だがね」


 ただ現状、飛行石を搭載する飛空艇に大きな翼が必要かと言われると、あれば便利だが手間の割りにはなくても問題ない、という評価だった。


 方向転換には小型の魔法制御の舵があり、これが船体各所に複数分散配置されているのである。


「……複数か」

「なに?」


 ミストがソウヤの呟きに反応した。


「いや、飛行石だけどさ。これ複数搭載したら、浮遊可能な高度上がったりしないかな?」


 飛空艇でもエンジンは複数搭載されている。これは個々のエンジンの出力が低く、飛空艇の速度を上げるために必要だからそうなっている。


 もっともエンジンが増えれば、その分メンテナンスや燃料消費が増えてしまう。だが必要とされる速度を出すための他、もし一基がトラブっても他のエンジンで動けるように複数搭載が主流になっている。


「エンジンと同じでさ、飛行石を複数積んだら、重量制限や上昇可能高度も上がったりしないかな?」

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