第441話、魔術師たちは遊ぶ


 人工飛行石を作らせる。魔術王ジン・クレイマンは確かにそう言った。


「完全な飛行石ではないが、それっぽいものは作れる」


 そう老魔術師は、手に持っている拳大の魔石を見せた。


「これに魔法文字で『浮遊』と刻み込む。あとはそこに魔力を少し流し込めば、浮遊魔法が発動するという寸法だ」

「それって……」


 ライヤーが目を丸くした。


「まんま飛行石じゃ……」

「そう。効果は同じだ。もっともこちらは魔石の内蔵魔力を利用しているから、魔力が空になれば落ちるがね」


 考え方は同じで効果も同じだが、本物の飛行石とは違うものだった。


「これもひとつの人工飛行石か?」

「そうなるね」


 ジンは微笑した。ライヤーは声を弾ませた。


「凄ぇじゃねか、ジイさん!」


 飛行石ではない。だがそれに近いものが、すでに形になりつつあったのだ。


「大発明だ」

「まだ飛行石の技術には及んでいないよ」


 ジンは首を横に振った。


「高度も重量制限も、持続時間も本物に劣る。さらなる研究と改良が必要だ」


 ただ――老魔術師は言った。


「先の大型ボートや陸上浮遊船くらいなら、何とかなる程度の人工飛行石はある程度数が揃えられるよ」

「おおっ!」


 ライヤーは興奮の声を上げた。


「そうとなりゃ、俄然、自分で船をデザインしたくなってきたぜ。――フィーア!」


 ライヤーは、先日ジンからもらった魔力通信機を早速使った。


「操船を変わってくれ。ちょっとやることができた」

「あー、ライヤー、ちょっと待て」


 ソウヤは一度止めると、ジンを見た。


「船を止めなくていいのか? 魔術師たちを降ろしちまっただろ?」


 飛行石もどきを使って降下訓練をした魔術師たち。ゴールデンウィング号は速度を緩めていないので、どんどん先に進んでしまっている。


「そうだった。訓練と必要なら回収しないといけない。私は彼らを迎えに行ってくるよ」


 そう言い残すと、ジンは甲板から浮遊ボートへと移動した。


 ライヤーは名残惜しそうにその背中を見送る。


「せっかくおれの考えた船のアイデアを聞いてもらおうと思ったのに……」

「タイミングが悪かったな」


 ソウヤは苦笑した。


「何なら話はオレが聞いてやるぞ」



  ・  ・  ・



 ゴールデンウィング二世号は王都ポレリアに到着した。


 発着場に到着すれば、カロス大臣と王都騎士団が待っていた。


「大臣自らのお出迎えとは恐縮です」

「何の何の。苦労をかけましたソウヤ殿」


 カロス大臣は穏やかな顔で、ソウヤと握手を交わした。それだけ王国側の期待も高かったのだろう。


 バッサンの町から運んできた浮遊バイクと装備一式を王国軍に引き渡して、今回の輸送依頼は完了である。


「どうでしたか、バッサンの町は?」

「バイクの増産に向けて動いています。工房の増築はもちろん、その製造速度を向上させようと試行錯誤していますね」

「それは楽しみですな。今回購入したバイクの運用が固まれば、軍からの追加発注も見込まれましょう」

「正式採用されるようなら、バッサンの町の人たちも喜ぶでしょう」


 増築した設備も無駄にならないだろう。


 ソウヤはカロス大臣から近況を聞く。先日捕らえた魔王軍の魔術師カイダとマーロから入手した王国内の魔王軍アジトへの攻撃作戦が開始されたらしい。


 王国軍の保有する飛空艇を使って、人員を高速輸送。各地の敵アジトに強襲を仕掛けるという。


「うまくいきそうですか?」

「将軍たちは、そう考えておるようです。しかし、こればっかりは、終わってみないとわかりません」


 カロス大臣は目を伏せる。


「もしもの時は、また銀の翼商会のお力に頼ることになると思います。その時は――」

「わかりました」


 ソウヤは快く応じた。予備兵力は必要だ。どこかの拠点が手に負えず、救助を求めてきたら、すぐに駆けつけられるように心の準備はしておこうと思った。



  ・  ・  ・


 前回、王都の飛空艇発着場にきた時は、休養をとるはずが輸送依頼が入ってしまったので、今度こそ商会メンバーにまとまった休みを与えた。


 王都の空気を満喫してこい――そう思ったのだが。


「何でほとんど、アイテムボックス内にいるわけ!?」


 ソウヤは、自由時間を船とアイテムボックス内で過ごす商会メンバーと修行組連中に半ば呆れてしまった。


「ここで魔術を学んでいるほうが充実していますし!」


 そう年甲斐もなく言ったのは、王都魔術団のイリクである。ソフィアの父親は、例の人工飛行石もどきを手に、アイテムボックス内を飛び回っていた。


 商会に所属している魔術師たちも、個人携帯用飛行石で浮かんだり、飛んだりしている。まるでピーター・パンかその妖精みたいだ、とソウヤは思う。


 中には魔術師でない者も人工飛行石もどきで空中散歩を楽しんでいた。


「……まあ、楽しんでいるってことは、ストレスを発散しているってことなんだろうな」


 飛行している魔術師などを見ているソウヤのもとに、サジー――ソフィアの兄がやってきた。


「最近、我ら魔術師組は魔石を加工した魔道具作りがブームになっておりまして……」

「ああ、通信機作り」

「はい。魔法文字を教わり、それを魔道具に刻みつけたり、回路を繋いだりしています」


 サジーは、浮遊している魔術師を見やる。


「あの手の魔石も、それと同じ手法です。単純な作りですが、目に見えて効果が実感できて、さらにやる気がでているようです」


 実感できれば、確かに楽しいだろう。ソウヤは魔術師たちが浮遊するさまを、生温かな目で眺めるのだった。

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