第403話、かつての戦友のために


「コレルは駄目なのですか?」


 カマルの問いに、ダルは首を横に振った。


「正直に言って、厳しいと思います」


 魔獣使いの青年コレルは、かつての勇者パーティーの一員だった。相棒である魔獣たちを失い、彼の精神は消耗していた。


 今はアイテムボックスハウスの一角に引きこもり、悲しみに暮れている。


「レーラ様のお力で何とか壊れずには済んだ、というところでしょうか。ただ心の問題ですから、非常に難しい」

「……コレルにとっては魔獣たちが家族も同然でしたからね」


 カマルは深刻そうな顔で言った。


「それを全て失ってしまえば、ショックを受けるのもわかりますが……」

「……」

「あれから十年……」

「いいえ。彼はソウヤさんのアイテムボックスにいましたから、つい最近の出来事なんですよ」


 同じくアイテムボックスに世話になっていたダルである。彼ら魔王の討伐の旅の仲間たちには、知らない十年という壁が存在していた。


「時が解決するには、まだ時間がかかるかもしれません」

「難しい話ですね」


 カマルは腕を組んだ。


「周りからすれば、新しい魔獣をテイムすればいいんじゃないかって思わなくもないですが、コレルにとっては家族だったわけで、新しい家族を探せというのは違うんじゃないかって思うんです」

「まさに」


 ダルは同意した。


「カマル殿はコレル君と仲がよかったのですか?」

「仲がよかったかについては自信はありませんが、十年前は彼と彼の魔獣には何度も仕事を手伝ってもらいましたから」


 勇者パーティー時代も、諜報活動をしていたカマルである。魔獣を使った偵察や連絡には世話になっていた。


「彼は純粋な青年でした。私は、瀕死の彼を守るべく死ぬとわかっていても敵に立ち向かい散っていた魔獣たちを思い出すたびに、胸が苦しくなってくるのです」

「……うん?」

「あの魔獣たちの代わりなど、どこにもいない」


 カマルは声を落とした。


「コレルには彼らの死を受け入れて、乗り越えてもらいたい。ですが、そんな簡単な話でもない。私でさえこれですから、コレル自身はもっと辛い」

「……」

「どうかしましたか、ダル殿。何か?」


 黙り込んでしまったダルを見るカマル。腕を組んだエルフの治癒魔術師は言った。


「えーと、確認させて欲しいのですが、カマル殿は、コレル君の魔獣が実際に死ぬところを見ているのですか?」

「と、言いますと?」

「ほら、私はその時、いませんでしたし」


 ダルが苦笑した。


「以前、コレル君に聞いた時は、彼の魔獣たちが死んで自分もまた死ぬところだった、と」


 つまり、コレルより先に魔獣たちは死んだのでは、とダルは言いたいようだった。カマルは首を振った。


「あの段階では全員ではなかった。コレルが負傷した時、すでに半分以上が死んだのは間違いありません。だが、まだ残っていた魔獣がいましたから」


 呪いの影響もあり撤退する勇者パーティーだったが、コレルがアイテムボックスに収容された後、追撃する敵の足止めに残ったのは彼の生き残っていた魔獣たちだった。


「でも、結局彼らは戻ってこなかった。敵の追っ手が現れたところからみても、全滅してしまったのでしょう」

「……つまり、そのシンガリを引き受けた魔獣たちの死亡は、実は誰も見ていないということですね?」


 ダルが期待のこもった目を向けてきた。カマルは難しい顔になった。


「ええ、おそらく誰もその光景を見ていない。ですが状況からみても、生きてはいませんよ」

「でも断言はできない。もしかしたら、無事に生き延びた子もいるかもしれない!」

「ダル殿!」


 そんな希望のない希望にすがるようなことを言ってどうするつもりなのか。


「まさか、コレルにその話をするつもりですか?」

「もちろんですよ!」

「家族同然の魔獣が生きているかもしれない、と? 十年以上も前ですよ? 生きているはずがない」

「断言はできないですよね?」


 エルフの治癒魔術師は繰り返した。


「確かに可能性はほぼゼロかもしれない。けれど、ほんの一欠片でも可能性があるなら、調べてみるべきでは?」


 徒労に終わるだろう。だが徒労に終わらない可能性もある。


「カマル殿。あなたも諜報畑の人間なら、得られた情報が確かか確認を取りますよね? 疑わしい点があれば、それを確かめずに報告することはないはずだ」

「……」

「万が一、ということもあります。……いや、正直に言っちゃいましょう。私もコレル君の魔獣たちが生き残っているとは思っていません」

「なら、何故?」


 カマルの問いに、ダルは皮肉げな笑みを浮かべた。


「私が治癒魔術師だからです」


 よろしいですか、とエルフは言った。


「ただ怪我や病気を治すだけが仕事ではないのです。目に見えない傷、心の傷をも癒やし、社会復帰させる……。それが治癒魔術師というもの。私は、コレル君を立ち直らせたいんですよ」


 ダルはきっぱりと告げる。


「希望があれば、人は動くのです。時が心の傷を癒やしてくれるかもしれない。でもね、一番の近道は自分の足で歩くことなんですよ。いまコレル君に必要なのは、自ら動くことです」


 引きこもり、壊れた人形みたく鎮座していることではない。


「結果として、彼は辛い現実を突きつけられる結果になるかもしれない。でもこのままではいけない」

「……確かに」


 カマルは小さく頷いた。


「専門家の意見には従うもの。このまま彼が抜け殻のように朽ちていくのを見ているだけというのは忍びない」


 戦友のために、できることがあるならやっていこう。カマルはダルと話し合った。

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