第388話、取り越し苦労と辺境訪問
セイジとソフィアは、魔法大会での告白から世間も認める公式カップルとなった。
が、ここにティスというセイジと結婚したい女の子が加わったことで、彼女側のお父さんが心配している、というのがここまでの話。
「一夫多妻は認められていますよ、父上」
ソフィアの兄サジーは真面目な調子を崩さなかった。父イリクは息をつく。
「だが世間の目というものがあるだろう。セイジ君は平民だ。貴族の娘であるソフィアと結婚をし、平民のティスとも結婚したとする。すると周りはどう思う?」
どう思うんだろう、とセイジは、ちらとソフィアを見た。ソフィアも首をかしげている。
「やはり平民は、貴族の娘より平民を選んだのだ、と陰口を叩かれるのではないか」
「確かに、一理ありますな、父上」
サジーは考え込む。
「そうなると心ない噂で傷つくのはソフィアになります。夫が貴族の令嬢とは合わなくて、平民の娘とも結ばれた、など、真実とは異なることを吹聴されかねません」
「……他の連中のことなど知ったことじゃないわよ」
ソフィアはそっぽを向いた。
「そういう連中とは付き合わないわ」
「そうもいかんだろう、ソフィア」
イリクはため息をついた。
「お前は大会で六色の魔術師と呼ばれ、その力を示した。今後、貴族の集まり、社交界などお呼びがかかる。無視はできん」
視線は、セイジに向けられる。
「君もだぞ、セイジ君。ソフィアと付き合うということは、そういうことなのだから」
「そうでしょうか?」
サジーは腕を組んだ。
「確かに社交界にもこれまで以上にお呼びがかかるでしょうが、付き合いを気にしないというなら無視することはできましょう」
ただし――とサジーは二人を見た。
「社交界から距離を置くということは、後ろ盾や味方を得る機会を逃すということだ。誰か有力者の力を借りたい時に、伝手がないということにも繋がる。むしろ敵を増やすだけかもしれん。その覚悟があるなら好きにするといい」
脅すようなことを言ったサジーだが、表情は緩む。
「今の時点で二人は、勇者ソウヤ殿や聖女レーラ様、その他ドラゴンの後ろ盾を得ている。そちらの付き合いを優先しただけのこと」
「ふむぅ……」
イリクは腕を組み、眉をひそめた。
「そういう見方もあるか……」
「親父殿は気が早過ぎます」
サジーは続けた。
「そもそもの話の発端は、セイジ君とティスの関係ですが、セイジ君は今のところティスと結婚すると決まったわけではない。何よりティスもまだ12の子供。あの年頃の娘の考えはあっさり変わることもあります。結婚うんぬんなど、まだ数年先のことではありませんか」
「そうそう、数年先のことよ」
ソフィアは手を振った。
「そんな先のことで今から悩むのはナンセンスだわ」
「いいのか? お前にとっては同じ夫を持つ妻になるかもしれん少女だぞ」
「仮にセイジが彼女も受け入れたいというなら、そういう子だってことわ。私ともうまくやっていけるって確信がなければ受け入れないと思うから」
そうよね、とソフィアが言えば、セイジは頷いた。
「今の僕にとって、ソフィアが一番でそれ以上はない」
決意を言ったつもりのセイジだったが、ソフィアは顔を真っ赤にした。照れているのは一目瞭然で、サジーは目を閉じ、イリクはため息をついた。
ひとまず、この件はここまでとなる。先のことについてはその時に、と先延ばしである。
セイジは思う。
ソウヤやイリクから、ティスについての話を聞いたが、本人からは「結婚したい」とか「好き」というアプローチをもらっていない。
だから、周りから言われると、困惑してしまうのだ。今のところ、特に接触もないのに、どうこう言われても答えようがないのだから。
・ ・ ・
銀の翼商会は辺境集落を巡った。
行商としてはもちろん、魔王軍が何か悪さをしていないかの確認だ。
「魔族ですか? 普通に魔獣を見かけることはあるようですが、魔族はとくに」
トリス村のヘクトン村長は少し考えて答えた。
「この村に近づいてくることは?」
「いいえ。いつもの如くです。とはいえ、不安がないわけではありませんが」
「うちの元気な奴らに、ちょっと外を回らせます」
「いつもすいません」
「いえいえ、この村の皆さんにはお世話になっていますから」
大事なお客さんだ。ここに来るのも初めてではないので、ソウヤはすでに新人込みで村の外の魔獣捜索に向かわせている。
発見したら殲滅。サーチ&デストロイ。
村長は村の様子を眺める。
「銀の翼商会さんも人が増えたようですねぇ。ありがたいことに魔法診療も」
「ええ、治癒魔術師がいますから」
ソウヤも視線を向ける。
エルフの治癒魔術師ダルと神官服のレーラが、体の具合が悪い村人を診ている。ダルがメインに見えるが、実際のところはレーラの希望だったりする。
『聖女はやりませんけど、診断や治癒でできることはしたいのです』
騒ぎになるのは御免だが、救いの手が必要な人は助けたい――まことに聖女らしい行動である。
レーラはそういう人なのだ。無駄飯食らいにはならないつもりらしい。
――いつか、聖女に戻るんだろうなぁ。
ソウヤは思う。魔王軍が本格的に動き出したら大きな戦争になる。そうなったら、聖女もいよいよ表舞台に立つことになるだろう。
「願わくば、いつまでもこうして静かに過ごせたら……」
「はい……?」
「いえ、何でもありません」
ソウヤは誤魔化した。そうですか、とヘクトン村長。
「余所の町の医者のもとに行く、というのは歳をとると難しくなります。道中、危険な魔獣や盗賊もいますからな」
「わかります」
「それに医者も薬も高いですし、我々には中々手が届きません」
結局、診てもらうことができずに病気を悪化させたり……。まず医者に会うまでに死亡してしまうことが多い辺境居住者。
だから、この手の田舎には独学の薬師とか診療士とかいたりするのだが。
「この村にはいないのですか?」
「薬師だった婆さんがいますが……かなりの高齢ですからな」
いわゆる魔女とか言われてしまう類いの薬師がいたようだ。ヘクトン村長は言った。
「まあ、銀の翼商会さんのように、たまにやってきてくれるだけでも助かります」
いえいえ――恐縮してしまうソウヤだった。
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