第387話、影竜とシェイプシフター


「へぇ……」


 ソウヤは、意外な組み合わせだと思った。


 カエデがティスと戦ったという話が聞こえたので様子を見に来たのだが、そこにいたのはカエデと影竜親子だった。


「うにょーん」


 フォルスがしゃがんで、何やら黒い物体を伸ばしている。


 傍らにはカエデが同じようにしゃがんでいて、右手で黒いぷにぷにした物体を引き伸ばしていた。


 フォルスはそれの真似をしているようだ。そしてフォルスの兄姉であるヴィテスも、同じ黒い物体で遊んでいる。


「何をやっているんだ?」

「ソウヤか」


 美女姿の影竜が振り向いた。


「そこの娘が面白いモノを連れているのでな、子供たちの教育の一環で声をかけたのだ」

「あの黒いものは?」

「シェイプシフター。影の魔物だ」


 影竜は口元を笑みの形に歪めた。


「こいつは影を好み、その影の形になれる種族だ。だが、いつからか影だけではなく、自分の形を変えて、変身する能力を身につけた」


 始めは影の形に合わせて変化していたが、それが変身能力へと進化した。


「それって――」

「そう、我ら影竜と性質が似ている」


 影を利用し、闇に溶け込み自在に動けるという影竜。


「せっかくなので、我が能力を子供たちに本格的に学ばせようと思ったのだ」

「そうなのか」


 親が影竜なのだから、その子供であるフォルスとヴィテスも、その素養は受け継いでいるのだろう。その能力を育てるのは自然だとソウヤは思った。


「よっ……」


 フォルスが座り込む。すると彼から伸びる影から黒いそれが、にょきにょきと生えてきた。


 ――うわっ、こわっ……。


 とっさに思った本音は、心に留めておく。影竜だと知らなければ、ホラーかと思う光景である。


 ヴィテスは、カエデが作った人形もどきシェイプシフターを真似た人形のような影を作って、何やらコントじみた動きをさせている。


 なんでやねーん! ぺし! みたいな。


「おっ、シェイプシフターか」


 新たな声がした。ジンがやってきたのだ。


「よう、爺さん。どうしたんだ?」

「たぶん君と同じだよ。野次馬だ」


 老魔術師はカエデの手の先で動く黒い人形に目を細めた。


「ティスと戦ったという話が聞こえたから見に来たが、なるほど、カエデ君はシェイプシフター使いか」


 うんうんと頷くジン。ソウヤは問うた。


「爺さんはシェイプシフターを知っているのかい?」

「ああ、仲間にすると、とても頼りになる連中だったよ。実は、今も持っている」

「そうなのか?」


 それは意外だった。ジンは笑みを浮かべた。


「私の使い魔の中では一番頼りになるんだ」

「……」


 カエデが老魔術師を見た。どこか同志を見つけた、という期待するような目で。


「同じシェイプシフターを使い魔に持つ者同士、よろしく」


 老魔術師は紳士だった。ここのところ孤立がちだったというカエデだが、ここでは案外話せる相手ができそうで、ソウヤも少しホッとした。


 とはいえ、一度ダルにメンタルの診断はしてもらおうと思う。


「ところでカエデ。この親子、ドラゴンなんだが大丈夫か?」

「……大丈夫です。たぶん」


 カエデは誰かから説明を受けていない限り、銀の翼商会にドラゴンがいるのを知らないはずである。


 目の前の親子が実はドラゴンだった、と聞いたら、武器を取る可能性もあった。だがそれは杞憂だったようだ。


「とって食ったりはせん」


 心外だ、と影竜は鼻をならす。カエデも頷いた。


「襲われないなら、わたしも手を出しません」

「なら、いいんだ」


 ソウヤが肩をすくめると、フォルスが「ソウヤー」と呼んだ。


「みてみてー。ボクが二人ぃ」


 フォルスとその横に真っ黒なフォルスのシルエット、影が同じポーズで立っていた。何と器用な……


 なお、純粋なシェイプシフターと違い、フォルスのそれは自身の影を操作しているので、分離したりはできないそうだ。



  ・  ・  ・



 セイジとソフィアは顔を見合わせた。


 机を挟んだ反対側には、ソフィアの父イリクと兄サジーがいた。


「あのティスという娘はセイジ君、君と結婚する気でいるようだ」


 イリクの顔面には自然と力が入っていた。セイジは「……はあ」と小さく頷いた。


「その話は聞きました。でも僕はティスのことをまるで知らないです」


 魔法大会で対戦したのが初の接触であり、そこでも別段言葉を交わしたわけではない。


「なので結婚とか言われても……困るというか」

「ソフィア、お前はどう思う?」


 イリクの視線が娘に向いた。


「どうもこうも、私も彼女のことはよく知らないし」


 ソフィアは眉をひそめた。


「でもまあ、私の好きな男がモテるというのは、そう悪い話ではないわ」

「……」


 本当に? ――男たちの視線が集まる。


「だってそうでしょ? 異性からモテまくるってのは、それだけ注目されているってことじゃない。この六色の魔術師である私が選んだ男が、それだけの人物だってことよ? お父様も喜ぶべきだわ」

「……」

「親父殿。確かにセイジ君はあの大会で優勝し、未来の英雄候補に名を連ねました」


 サジーが厳つい顔ながら真面目な口調で言った。


「セイジ君は貴族の出ではありませんが、我らグラスニカ家の娘であるソフィアを娶るだけの資格はあると私は考えます」


 銀の翼商会の男たちが考えた『貴族令嬢と平民が結ばれる方法』の通りの発言をサジーはした。お兄さんから言質をいただき、ホッとするセイジ。


 しかしイリクは首をひねった。


「いや、私もセイジ君の実力は見させてもらっている。問題はそこではなく、娘の夫となるだろう男が、第二夫人、あるいは愛人を取ることについてどうかと思っているのだ」

「第二夫人とか愛人とか……今のところ僕はそんなこと考えてませんよ!」


 セイジは首を横に振ったが、イリクは目を閉じた。


「今はな。だが互いを知れば、それも変わるかもしれないと言っているのだ」

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