第385話、カエデの近況
「最近、彼女の周りでちょっとな……」
ガルモーニは切り出した。
「ギルドで爆発事件があっただろう? カエデや周囲にいた冒険者たちを巻き込んだやつ。事件の調査が進んだ結果、暗殺組織ウェヌスの手の者の仕業ということがわかったんだが……」
その件はガルから聞いた。ウェヌスの刺客はカリュプスのメンバーを狙っていただけで、実際のところカエデは巻き添えだった、と。
「調査の過程で、カエデが元暗殺組織の構成員を家族に持っていたことが知られてしまってな……」
「それで?」
「ギルドでの事件で怪我をした者やその仲間がな、あの爆発はカエデのせいだと騒ぎ立てたんだ」
「無関係だろ?」
「そうだ。そもそもカエデは両親がそうだった、というだけで暗殺組織にいたわけじゃない。だが周りはそう思わなかったということだ」
ガルモーニが苦渋の表情を浮かべた。
「俺も彼女は関係ないと言ったんだがな。生い立ちで暗殺組織とまったく関係がないとも言い切れず、彼女は周囲から避けられるようになってしまった」
被害にあった者たちの怒りのぶつけどころにされてしまったのだ。関係あるなしではなくて。
「世間の暗殺者に対する認識というのはよろしくない。ともすればアウトローに見られることもある冒険者だが、暗殺者というのは常に犯罪者のイメージがついて回る」
――そういうものなのか……。
ソウヤは、あまりしっくりこなかった。銀の翼商会にガルやオダシューらカリュプスメンバーが複数いるから、世間一般のイメージにピンとこないのだ。
ただよくよく考えれば、元の世界にいた頃、暗殺者と聞けばダークな印象が付きまとっていた。
「だがカエデ自身が責められる理由にはならんだろう?」
「それはそうなんだが……。彼女のスタイルと、親が暗殺者だったというのが結びつくとな。彼女自身、暗殺者じゃないかって認識されてしまうわけだ」
シノビとは偵察に長けた諜報員的な職業と聞く。暗殺もやっていると思われてもおかしくはない。
「おまけにカエデは影使いでもあってな。シェイプシフターという魔物を使役しているんだが、これもまた不気味がられてな」
「色々と悪いイメージが重なっちまったというわけか」
「ソウヤたちは一度彼女と組んだことがあるから、まんざら知らない仲でもない。だから声をかけた。どうだろうか?」
「うーん……」
銀の翼商会は人数が増えたばかりである。カエデのことを知っているメンバーは、極一部だけだ。新人たちはどうだろうか。影使い、シノビに対する認識がどうなのか……。
――いや、今さらか。
ソウヤは思い直した。
銀の翼にはカリュプスメンバーがいる。暗殺者に対する認識も世間一般とは違う。
人が増えた件についても、一人増えたくらいどうということはないのでは?
ガルモーニが眉を下げる。
「駄目か?」
「カエデ次第だな」
ソウヤは言った。
「あんたがよくても彼女自身がその気にならないとな」
「それなら昨日、本人と話した」
ガルモーニは頷いた。
「カエデもソウヤたちがよければ、と言っていた。少なくとも、このままエイブルの町にいても彼女のためにならない。周囲から疎まれて引きこもってしまうだけだ」
「つまり、環境を変えようってわけだな。そういうことなら引き受けよう」
ソウヤは同意した。
「だが、うちに来るからには仕事はしてもらう。問題はないな?」
「銀の翼商会が健全な商会と信じている」
「なんだそれ。いかがわしいことはしてないぜ」
笑えない冗談に苦笑するしかないソウヤである。ガルモーニは席を立つと頭を下げた。
「すまない。彼女のこと、よろしく頼む」
・ ・ ・
というわけで、銀の翼商会に1名、新たなメンバーの追加である。
ソウヤはカエデと会ったが――
「……」
前々から、お世辞にも明るいタイプではなかったが、輪をかけて表情や雰囲気が暗かった。
――こりゃ、ガルモーニが焦るのもわかるわ。
精神的に病んでしまう手前まで来ているような雰囲気をカエデから感じた。
――託児所ではないと言ったが、病院でもないんだよなぁ。
とはいえ、エルフの治癒魔術師のダルや聖女のレーラもいるので精神的なケアはしやすいとは思う。
カリュプスメンバーもカエデのご両親と直接関係があるかはわからないが、話せば力を貸してくれるだろう。
少なくとも悪いようにはしないはずだ。
「これからうちで働くことになるが、大丈夫か?」
銀の翼商会でやっていく意思を確認する。カエデは頷いた。
「はい、よろしくお願いいたします……」
――年相応の少女のする顔じゃないんだよ、これ。
心配だ。お人好し精神という名のお節介が頭をもたげる。
「おう、よろしくな。ちなみに、うちはビックリ人間やその他色々いるおかしな商会なんだ。そんな集団だから君が避けられるなんてことはないだろうが、まあ、適当にやってくれ」
仲良くしてくれ、というとプレッシャーを与えてしまう気がした。ソウヤは強制はせず、気楽にやっていけるように気を配った。
エイブルの町の外に出てしばし、飛空艇――ゴールデンウィング二世号が留まっている。近づけば見張り台で監視任務についていた魔術師――アーチ青年が手を振った。
「お帰りなさい、ソウヤさん!」
「おう!」
梯子を使って登ると、甲板にいた数人も「お帰りなさい!」と、ソウヤに頭を下げた。社長とか会長にでもなったような気分になって慣れない。
「ただいま帰った。ちなみに後ろの子は今日からうちで働くシノビで、カエデという。仲良くしてやってくれ」
会った人間に新人を紹介するのも仕事のうち。面接やらでようやく合格した者たちばかりだが、それでも不満そうな顔をしないのはソウヤに対する信頼か。
そこへセイジがやってきた。
「あ、お帰りなさいソウヤさん。あれ、後ろにいるのはカエデさん?」
数少ないカエデを知っている古参メンバーであるセイジは駆け寄ると挨拶した。
「お久しぶりです、カエデさん。もう怪我のほうは大丈夫なんですか――?」
魔法大会で暴れまわったティーガーマスケが気を遣うのを見た新人たちが、目を見開く。
これまた凄い人材がやってきたのでは――その噂が商会中に駆け巡るのに時間はかからなかった。
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