第386話、シノビ VS 魔法格闘士
「お前、強いのか?」
「……?」
カエデは首をかしげた。声をかけてきたのは、ティスだった。
魔法格闘士の少女。12歳と、商会最年少メンバーである。背が低く、見た感じ子供なのだが、その細身の体は鍛えられている。
カエデは表情を変えず、しかし警戒した。ティスの発散している気は大人顔負け、一端の戦士のそれだ。無表情でありながら目はギラギラとした闘志を秘めている。
「ティーガーマスケの知り合いだな?」
「誰?」
魔法大会のことはまるで知らないカエデである。だから当然、虎マスクの戦士が優勝を巡って激闘を繰り広げたことも知らない。
「わたしの旦那様だ」
「……?」
「?」
余計にわからず困惑するカエデ。そしてティスも首をかしげる。話が通じない。
近くにいた者たちは、このやりとりを黙って見守っていた。
このカエデなる少女はいったい何者か? 皆が興味津々だったのだ。
しかしコミュニケーションはうまくいっていない。ティスは考えていたが、ポンと手を叩いた。
「外に出よう。ひと勝負、それでわかる」
「……うん」
わからないがカエデは頷いた。
要するに戦おうということらしい。カエデは見た目でティスを侮っていない。年下のようだが、その体付き、体の動かし方で、かなり高レベルだと判別したのだ。
魔法空間――アイテムボックス内。
夕食後の運動――新人たちがそう呼ぶ自主トレーニングでは、熱心な者たちが模擬戦をしたりしている。
その場にカエデとティスが移動する。
「武器は?」
「自由」
「わかった」
淡々としたやりとり。練習していた面々も殺伐とした雰囲気を感じて手を止める。
シノビ装束のカエデは、手を叩くと小刀を出した。まるで手品だ。驚く周囲をよそに、ティスは目を細めた。
「魔法?」
「似たようなもの。刃はついていない」
「わかった。こちらも加減する」
ティスは構えた。格闘少女の武器は、その拳。
いざ――
始まりは唐突だった。
ティスは加速魔法で弾丸のように肉薄する。カエデへ伸びた拳は次の瞬間、捉えられ、刹那、一本背負い。
しかし投げられたティスは瞬時に体勢を理解し、背中を防御魔法と反発でノーダメージ。かつ反発の作用で素早く跳ね上がると、態勢を整えた。
見ていた者たちから、どよめきが起きる。
今回の新人たちで一、二を争う体術使いであるティスが、まさか格闘の距離で投げられるなど想像できなかったからだ。
「ひょっとしてガルさん並のスピード……?」
新人の中にはカリュプスメンバーのガルから戦闘技術を教わっている者もいる。カエデの反応と切り返しは、それに匹敵するように見えたのだ。
「シノビってスゲぇ……!」
「いやいや、あの投げられた瞬間にダメージを防いだティスも凄ぇよ……」
そこでカエデが、またもパンと手を叩いた。小刀が現れる。そこで投げの寸前まで持っていた刀がなくなっていたことに気づく者たち。
「あの瞬きの間に、小刀を出したり消したりしていたのか!?」
周囲はさらに驚く。が、ティスが自身の違和感に顔をしかめた。
「お前、何をした?」
すっと右腕を突き出す。
「その武器、本当に武器なのか……?」
ティスが何を言っているのか周りは理解できなかった。だが眼鏡っ子魔術師――王都魔術団から来たソワンがそれに気づいた。
「ティスちゃん、その腕……!?」
何か黒いものが付着していた。投げられた時につけられたのだ。
その瞬間、黒いそれが動いた。まるで蛇のように腕に巻きつきながら、ティスの体のほうへと這う。
「!?」
ティスの注意が腕から迫るそれに向いた時、カエデが動いた。
あっという間に距離を詰めたカエデに、ティスは反応しようとするが腕から体へと移ったそれのせいで対応できず――
「お終い」
カエデの小刀がティスの首の寸前で止まった。
「負けた……」
ティスが悔しげに顔を歪めた。ふだん淡々としているが、やはり負ければ悔しいものだ。
「これは何だ?」
「シェイプシフター」
ティスの体からカエデへと戻るそれ。黒い蛇のような形は、カエデがポンと手を叩くと、そのシノビ装束に同化した。
「影使い。使い魔のようなもの」
「悔しい」
12歳の少女は言った。
「こんなの、一対一の戦いじゃない。……でも」
ティスは目元を拭った。
「それがお前の実戦の型。お前は強い」
次は負けない、と言い残してティスは去った。カエデはそれを見送った。
どうしたものか。
周囲からの視線やざわめきには気づいている。しかし、戦いの結果、拍手などは上がらなかった。
――わかってる。魔物を使ったこの勝負は、どうせ卑怯者の戦い方だから。
カエデは卑屈になっている。
もう部屋に行こう。ここの者たちも、カエデの戦い方を見て、だいたいわかっただろう。挑まれて、応じて、勝ったのに満たされない気持ち。むしろ虚しさだけが募る。
「――へぇ、お前、面白いなぁ」
紫がかった黒髪の長身美女が、カエデを見てニヤリとした。
はて、こんな人いたっけ、と思いつつ、まだ来たばかりだから、知らない人もいるのだろうとカエデは思い直した。
「なあ、お前、暇ならちょっと付き合ってくれないか?」
その美女の後ろから、ちっこい子供が二人顔を覗かせた。
「うちの子たちに、シェイプシフターを見せてやりたいんだが、構わないな?」
ワイルド系美女――影竜は笑った。
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