第371話、ソフィアの気持ちは?


 父イリクは、娘ソフィアに問うた。


 彼のことをどう思っているのか、と。


 セイジの気持ちは、いまさら聞くまでもない。皆の前で公開告白をやらかしたのだ。


 だがソフィアはどうなのか?


 言葉では受けるともいわず、ただその場でセイジの胸に飛び込んだ。


 観客たちは、それを告白を受け入れたと解釈したが、正直に言うとソウヤは、あれが告白の答えだったのか、単に流れでああしてしまったのか、いまいち判断ができなかった。


「私は……」


 ソフィアは、神妙な表情で言った。


「セイジが私のことを好きなんだっていうのは、薄々気づいてた。……まさかインタビューの時に告白してくるとは思ってなかったけど」


 セイジが気まずそうに顔を逸らした。さすがにやりすぎたと思ったようだ。


 ソウヤは気になっていたからソフィアに聞いた。


「お前、セイジに抱きついたけど、あれって受け入れたってことでいいの?」

「そ、それは見ればわかるでしょ!?」


 ソフィアの顔が真っ赤になった。


「いや、何となくそうじゃないかって思ったけどさ。やっぱ口で言わないとわかんないっていうかさ」


 ソウヤは頭を掻く。


「あんな大勢の前で、どう答えればいいかわからんから、とりあえず抱きついてやり過ごしたって風にもとれる」

「とりあえずで抱きつくわけないでしょ! 私はそんな軽い女じゃないの! ねえ、セイジ、あなたならわかったでしょ?」

「え? ああ……うん」


 すっと目を逸らしたのは、実はいまいち自信が持てていなかったということだろうか。セイジのその仕草に、ソフィアは唇を噛んだ。


「あー、もう、わかんなかったなら、言いなさいよ」

「え、ソフィアが言うの、それ?」

「うるさい、ソウヤ! ……セイジ、告白だけど――わ、私でよければ、お、お付き合いから始めても、いいよ」


 赤面したまま、周囲の目を気にしてか物凄く恥ずかしがっているソフィアである。


 イリクはピクリと眉を動かした。


「本当に、彼と付き合うのか?」

「ええ……。正直、負けてとても悔しいし、傷口に塩を塗られた気分なんだけど……でも、あの真剣な目を見たら、ね」


 ソフィアの視線が、真っ直ぐセイジに向いた。


「柄でもないのに魔法大会に参加してさ。魔術師でもないのに必死に頑張っちゃって……。でもそれ、全部、私に自分の気持ちを告白するためだけに挑んだんだよね――」


 セイジが頭を掻いている。さっきから顔が赤いままだ。


「そんなの見たら、吹き飛んじゃったのよね。私のために、全部を賭けて、得意不得意も捨てて、全力で向かっていって……。そうまで思われちゃうと、無下にできない」

「……」

「セイジは、力もなくて弱いサポーターだった。でも私は、彼が強くなろうと努力したのを知っている。それは私自身、魔法を奪われていたから、よくわかる」


 二人の共通点。歳も近いから、親近感がわいた。


「最初は姉と弟みたいな関係だった。好きか嫌いかで言えば好き。でも私の中で恋かと言われると自信はないわ。だって、恋なんてしたことがなかったから!」


 ソフィアは、イリクに言った。


「これまで異性とつきあったことはないし、貴族の娘だけど社交界とかパーティーにも縁がなくて……」


 これにはイリクは押し黙る。魔法が使えないからと実家に、ソフィアを留めたのは、イリクら家族だ。


「わからないわ。でも、セイジは、そんな私を好きだって言ってくれたの。そんな言葉、初めてだから、私、胸がドキドキして、何が何だかわからなくなっちゃって――」


 抱きついた。告白された時、どう返事をすればいいのかわからなかったソフィアは、セイジに抱きついたのだ。


 ソウヤは顎に手を当てる。


 ――愛は理屈じゃない、ってか。


 スマートに受け答えができるとも限らない。あのハグが、あの時のソフィアの精一杯の返事だったのだ。


「嫌いじゃないわ。たぶん、いえむしろ好きだと思う」


 ソフィアは、イリクからセイジに再び向き直った。


「こんな私でよければ」

「僕のほうこそ……。弱い僕だけど――」

「弱い? 私に勝っておいて、嫌味なの?」


 ソフィアは微笑した。


「あなたは私を負かしたのよ。胸を張りなさい。私の彼氏なんでしょう? 堂々としてよね!」

「うん!」


 めでたしめでたし。


 ずっと黙っているミストは、何故か『ワタシが育てた』みたいなドヤ顔をしている。リアハと視線が合う。


「ソフィア、最近ミストさんに似てきたような気がします」


 などと小声で言った。


 肝心のイリクは渋い顔をしている。注視していたアルガンテ王が口を開いた。


「イリクよ」

「は、陛下」

「他人の家のことに口出しするのは、王と言えどよろしくないが、認めてやってもよいと思うぞ」

「と、おっしゃいますと……?」

「今回の大会で二人はそれぞれ勇名を馳せた。さらにあの派手な告白だ。だが、あれをなかったことにすると、おそらく求婚の申し出が殺到することになるぞ」


 ソフィアには、魔術師エリートのグラスニカの血。六色の魔術師と言われた才能。そしてその伝説となったソフィアを打ち破った男セイジ。血縁に取り込もうと、政略的なアプローチが、二人に押し寄せてくるだろう。


「今なら、あのプロポーズのことがある。先に手をつけたことで、ここでケリをつけてしまったほうが、一番混乱なく収まると思う」


 今日の活躍で、ティーガーマスケ――セイジの価値は跳ね上がった。


「大会を制した強者ながら、謙虚な姿勢。平民出であろうが関係ない。六色の魔術師と対等にやりあう猛者ならば、誰だって配下に欲しい。俺も、セイジを騎士に叙勲し、爵位を与えてもよいと思うくらいにだ」


 ちら、とソウヤを見るアルガンテ王。


「ソウヤのもとにいなければ、王家が全力でスカウトしたい逸材だ」


 ――そこまで評価されたのか。出世したな、セイジ。


 ソウヤはセイジが評価されて素直に嬉しかった。苦労してきた彼を知っているから余計に。


「それはソフィアも同じだ。六色の魔術師と、それに比肩する猛者。互いに好いているなら好都合。ここでくっつけてしまえば、出所の怪しい奴らの行動を警戒しなくても済むというもの」

「そういう側面もありますか」


 イリクは、ため息をついた。わかった、と彼は言うと、ソフィアに向き直った。


「お前が、嫌だという相手なら、私が全力で止めるが、幸か不幸か、お互いに好意を抱いている。ならば、そのようにしなさい。私はお前の幸せを願っている。……どの口が、と思うだろうが」

「ううん。ありがとう、お父様」


 父親公認の瞬間だった。

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