第368話、トーナメントの勝者
せっかく詰めた距離! ここで離されてはいけない。
ティーガーマスケは飛びかかる勢いでソフィアに迫った。魔法カード――浸食!
魔力を喰らう魔法。これを障壁にぶつければ、その展開する魔力をたちまち喰らい、消滅させる。
「なっ!?」
ソフィアが驚く。その顔が間近にある。ティーガーマスケは接触する距離まで踏み込んだが、ソフィアは杖を振り回した。
とっさの防御。破れかぶれの反応。だが邪魔をするには悪くない手だ。
ティーガーマスケは相手の右手、つまり杖のある方向へ回避する。一瞬、ソフィアの視界が、ティーガーマスケより自分の振り回した杖に注意が向く。
そのわずかな隙で、側面――そして後ろに回り込み。
次の障壁が展開されるより速く、魔法カードをソフィアの背中に張る!
「んっ!?」
ビクンとソフィアの背筋が伸びた。まったく予想外のボディタッチ。背中でよかった。そうでなければ、後で何を言われるかわかったものではない。
「いま、何をしたのっ!?」
ソフィアが杖を振るった。ティーガーマスケは一歩下がって距離を取った。彼女の背中に張ったカード発動まで、あと――
「ライトニングランス!」
「!?」
ソフィアが強化版ライトニングを発射。カードで障壁を発動。しかしすぐに相殺され、さらに電光の槍が迫る。
ダッシュ回避しつつ、剣で反射。
「……くっ!?」
まずい。連射が凄まじく、セイジは冷や汗を流す。数秒と経たず、防ぎきれずにやられてしまう。
高速離脱からの魔法カード煙幕展開。黒い煙をリングにばらまきつつ、時間を稼ぐ……つもりだったのだが。
「エクスプロージョン!」
ソフィアが自分中心に爆裂魔法をぶちかました。視界を覆ってしまう煙をまとめて吹き飛ばしながら、ティーガーマスケをも倒そうと判断。
――詠唱……間に合わない!
最後の魔法カードで防御魔法を発動。間一髪、吹き荒れる爆発をかろうじて阻止に成功。だが衝撃で、リング端に飛ばされた。
――急いで起き上がれ! 出ないとやられ……!
ダン、とリングの頭ひとつ先に、見えない衝撃が叩き込まれた。
ソフィアの切り札的な得意魔法、至近衝撃弾。相手の防御の裏にある魔力で魔法を発動させる、回避が超困難な瞬殺技。
危なかった。だがここで使ってくるというのは、ソフィアも焦っている。ティーガーマスケが彼女に貼り付けた魔法カードがヤバイものだと本能的に察しているのだ。
だが背中だから、敵を前に剥がしている余裕がない。ならば、何かは知らないが発動する前に、ティーガーマスケを倒してしまえばいい。
ティーガーマスケは動いた。例の至近魔法が肩をかすめた。ぼやぼやしていたら、やられていた。
ほんの目と鼻の先から来る一撃といえど、来るとわかっているなら、動き続ければいい。気休めだが、知らずに突っ立っているよりは何倍もマシだ。
「アーススパイク!」
リングから岩のスパイクが無数に生えた。ティーガーマスケは飛び上がる。
――ヤバイ! もう、こっちは魔法カードがないんだぞ!
着地地点すべてを覆うようにトゲ岩の山がひしめく。
――まだか……!
その時だった。ソフィアの背中から爆発が起きて、彼女の体が転送された。
そしてソフィアの展開したアーススパイクが寸でのところで解除され、ティーガーマスケはリングに激突。
だが受け身をとって、すぐに起き上がる。
――危なかった。もう少し遅ければ、串刺し退場だった。
溜めていた息を吐き出す。物凄く肩で息をしていた。心臓が痛いほど跳ね回る。ここにきて自分が、限界まで体を酷使して、回避していたのを思い知らされた。
手足が震え、立ち上がれないほどだ。
「そこまで! 勝者――」
『ティーガーーーマスケッ!!! 勝ったのは、ティーガーマスケです!』
実況の声が木霊して、会場が大きくどよめいた。歓声よりも衝撃の方が大きかった。
おそらく、ほとんどの観客はソフィアが勝つと思っていたのだろう。そして、実際に優勢に進めていたのはソフィアだった。
だが、残ったのはセイジ――ティーガーマスケだった。
虎マスクの魔法戦士は、伝説の存在になりつつあった六色の魔術師ソフィアを撃破した。
審判員が、ティーガーマスケのもとに駆け寄った。
「大丈夫ですか?」
「……」
まだ呼吸が荒ぶっている。
「ティーガー、勝ちましたよ……?」
「……」
難儀そうに倒れ込み、仰向けに寝転がるティーガーマスケ。空が青い。
「……まだ」
「?」
「立てそうにないです」
ティーガーマスケ――セイジは答えた。
いつしか観客席から拍手が湧き起こり、ついで歓声が広がった。
・ ・ ・
「勝っちまったぞ! セイジ! いや、ティーガーマスケ!」
ソウヤは、まだ信じられずに声を弾ませた。
興奮した。あのセイジが、魔術師として大成したソフィアに勝てる可能性はほぼないと思っていた。
だが結果はどうだ。激闘の末にセイジが勝った。周りにとっても番狂わせだったのではないか。
「最後のは何だ? 突然、ソフィアが爆発したみたいに見えたが」
「魔法カードを貼り付けたのは見えた」
ジンが顎髭を撫でながら言った。
「時限式の爆弾みたいなものだったのではないかな? 一定時間で爆発する魔法が仕込まれていたのだろう」
「時限式……?」
ソウヤは首を振った。
「何でまた、そんな回りくどい手を……。貼った瞬間、爆発させたら駄目だったのか?」
「それでは貼った自分も爆発でダメージを受けるだろう?」
老魔術師は指摘した。
「もちろん自分に防御魔法をかけて突っ込めば、即時爆発でもよかったのだろうが、ソフィアに肉薄した時点で、自分の防御魔法は剥がされるものと、考えていたのだろうな。彼女は甘くはないからね」
自分の防御がない状態で、張ることを想定していたということだ。爆発からの安全距離を取る時間を作るために時限式にした、と。
「その後の数秒が、凄まじく濃密な攻防だったな。……見ろよ。あのセイジがゼェゼェやってる」
どれだけ肉体の限界での機動を強いられたことか。しかし、よくもソフィアの猛攻を凌ぎきったとも思う。
「何はともあれ、優勝だな。おめでとう、セイジ」
ソウヤは目を細めた。ソフィアも健闘したが、残念だったと思う。
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