第369話、勝者とインタビュー


 転送された。


 初めての護符による転送を体験した。さすが装備者を守る魔道具。背中で爆発が起きたのに、軽く衝撃は感じたが痛みもなければ傷もない。


 ソフィアは、がらんどうな闘技場リング地下にいた。


「お疲れ様でした」


 待機していた治癒魔術師たちが、ソフィアのもとにやってくる。


「確認しますが、どこか具合の悪いところはありますか?」


 ひとりが口頭で確認する中、もうひとりの治癒魔術師が、外傷などがないか眺める。


「……私、負けたの?」

「はい。……そうなりますね」


 少し言いづらそうな顔をする治癒魔術師。転送でここに来る人間とは、つまり敗者だ。


「そっか。負けちゃったか……」


 脱力したようにソフィアは言った。


 疲労感がかなりあった。今日は一日、魔法を使いまくった。魔力量が豊富といっても、限度というものがある。


「負け……ちゃった……か」


 涙が溢れてきた。


 悔しい。とても、とても、悔しかった。


 セイジに負けた。


 どさくさ勝利もあり得るバトルロイヤルではなく、一対一の勝負であるトーナメントで。


 魔法に関して、彼よりもいっぱい勉強して、いっぱい練習した。


 彼は、そんなソフィアの何十分の、いや何百分の一も魔法関連に時間を使っていないのに。


 魔法カード? 剣術? そんなものは関係ない。あの場で、ソフィアは勝たなければいけなかった。


 同時に彼を侮っていた。


 魔法では確かにソフィアがセイジを圧倒している。だが、戦場では個々の能力差が全てではない。


 ひとつの油断、ひとつのミスが命取りということもある。


 彼を格下と決めつけていたのは誰か? それはソフィア自身。


 勝たなければいけなかったが、だが、必ず勝てると決まっていたわけではない。


『僕は強い冒険者になりたい』


 セイジは、口癖のように言っていた。そのために努力していたし、魔法を含め、さまざまなことを学んで、自らに取り込んでいた。


 そして、彼は魔法大会というアウェーにも似た戦いに参加した。足りない魔力や魔法は技と知恵でカバーした。


 不利だったにもかかわらず、勝ち進み、決勝にまで残った。


「何にでも、真面目、なんだから……」


 ソフィアは泣いた。心構えの時点で負けていた。それがたまらなく悔しかった。


 だが、もう時間は戻せない。



  ・  ・  ・



 優勝者インタビューというやつだなぁ――ソウヤは、ぼんやり思った。


 魔法大会最終日、トーナメントの優勝者は、ティーガーマスケ。拡声魔法マイクを持った実況者が、虎マスクの魔法戦士に話しかける。


『優勝、おめでとうございます』

『ありがとうございます』


 虎のマスクという威圧アイテムを被った戦士は、礼儀正しく答えた。


 これには観客たちも驚いた。見た目が小柄とはいえ戦士だから、どちらかというと蛮族のようなイメージを持っていたのだろう。


 だが蓋を開ければ、思ったより少年ボイスだったので、その印象がひっくり返された。


『決勝戦は、白熱した魔法戦でした。相手は六色の魔術師と呼ばれるソフィア・グラスニカさんでしたが、対戦してどうでしたか?』

『強かったです。やっぱり彼女は、敵にしたくないです』


 素直な感想に、実況者にしてインタビュアーは目を丸くする。


『でもあなたは勝ちました。つまり、最強です』

『いいえ。昨日は負けましたし、僕なんか、まだまだです』


 ざわつく観客席。セイジらしいコメントだと、ソウヤは思うが、他はそう思っていないようだ。


『謙虚なんですね。てっきり、勝利の雄叫びを上げて、自らを最強と叫んだりするものかと』

『そんな……。最強なんて、とてもとても』


 ティーガーマスケは頭を下げる。マスクのせいで素顔は見えないが、動きだけを見ているとマスコットじみて愛嬌があった。


 そうこうしているうちに、決勝戦では敗北したものの、準優勝ということになるソフィアが係員とやってきた。インタビューの後に、メダルの授与があるからだ。


 実況者は、ためらいがちに言った。


『大変、失礼かと思いますが、観客の皆さんを含めて、そのマスクの下の素顔が見たいと思っていると思います』


 顔を隠している者に対して、あまりいいインタビューとは言えないそれ。だがこれまでの素直な少年じみた言葉に、もしかしたら、と思ったのだろう。


『もしよろしければ、マスクを取っていただいても?』

『いいですよ』


 ティーガーマスケは、あっさり応じた。観客たちが「おおおっ!?」とどよめく間に、セイジは虎マスクを取った。


 でてきたのは平凡な少年――ではなく、たっぷり汗をかき、しかし自信に満ちあふれた若き少年の素顔が露わになった。


「あっ!」と客席から次々に声が上がる。若い娘の黄色い声が多かったのは気のせいか。優勝と、はつらつした素顔が、イケメンではないはずのセイジをイケメンに見せてしまう不思議。


『その、想像より若くて、優しい顔をしていらっしゃいますね……』

『ありがとうございます!』


 そう答えたセイジは、ふとソフィアへと視線を向けた。


 泣いたせいで目の下が赤いソフィアである。だが遠くからはそこまでは見えない。

 セイジは、実況者に聞いた。


『マイク、お借りしてもいいですか?』

『どうぞ……』


 何かのパフォーマンスか、と実況者は拡声魔法マイクを渡した。マイクを受け取ったセイジは、しばしソフィアを見つめ、やがて言った。


『まずは謝っておく。ごめん、ソフィア。君の大会にでしゃばって』


 想像もしない言葉に、客席が沈黙する。何が始まるんだ?――見守るソウヤも、息を呑んだ。


『三日連続の優勝を目指していたソフィアの邪魔をしてしまった。でも、それでも……』


 セイジは、一旦言葉を切った。うまく言葉にならなかったように。


 それを見て、ソフィアが「あ!?」と何かに気づいたようなリアクションをとった。セイジは言った。


『僕はかっこつけられないから、言うね。ソフィア、君のことが好きだ。愛してる。僕と付き合ってください!』


 ペコリ、と頭を下げるセイジ。


 会場が静寂に包まれた。ソフィアは驚きに口元を押さえている。その姿に落ち着かない様子のセイジだったが、やがてマイクを突き出した。


『返事を。……聞いてもいい、かな……?』


 優勝者の威厳もへったくれもなく、ただ告白し、その答えを待つ不器用な少年がいた。


『バカ……』


 ぽつり、とソフィアの声をマイクが拾った。


『バカよ、バカバカバカ! こんなの、こんな大勢の前で、恥ずかしいじゃない! バカバカバカ!』

『そんなバカバカ言うことないじゃないか!』

『言うわよ、バカ! ……こんな、私でいいの?』


 拗ねたようにソフィアは言った。見栄っ張りで、少々傲慢で、でも努力家で、正直で、ちょっと臆病で。素直になれなくて。


『君が、大好きだ!』

『……バカ』


 呟いた次の瞬間、ソフィアはセイジに抱きついた。


 その瞬間、この日一番の歓声が闘技場を、そして王都に響き渡った。


 ――えっと……これ、OKって意味か?


 見守るソウヤは首を捻った。

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