第352話、その頃、男たちは


「最後まで残ったのは、正直意外だった」


 オダシューは腕を組んで言った。ライヤーが口を開く。


「まったくだ。テンション上がったぜ! うちのセイジ君が、まさかここまでやるとはなぁ」

「たぶん、皆そう思っていたと思います」


 当のセイジは控えめに言った。


 バトルロイヤルの最終局面まで生き残った。エルフのダルが微笑する。


「ただ生き残っただけじゃありません。撃破数も中々のものでした」

「そうそう、生き残るだけでも大変だってのになぁ」


 オダシューはしきりに感心していた。セイジはうつむく。


「でもその半分以上は、隙をついただけだし。正面から戦った相手は少ないよ」

「だが――」


 無表情なイケメン暗殺者ガルが、ボソリと言った。


「俺たち元カリュプスメンバーから言えば、あの立ち回りは見事だった。組織が残っていれば、お前も優秀な暗殺者と評価されただろう」

「ああ、うん。ありがとう。評価してもらえたなら、嬉しいな」


 はにかむセイジ。冒険者に憧れて、しかし力もなく、底辺で運び屋をやっていた過去。そこから考えれば、暗殺者としてではあるものの、この言葉はセイジの心にしみた。


「バトルロイヤルで、あのソフィアとタイマンまで持っていたんだから、お前もこれで有名人だな!」


 オダシューがポンポンと、セイジの肩を叩く。


「いや、でも虎のマスク被ってるんで、僕自身は――」

「そりゃあそうなんだけどよ……」

「でもティーガーマスケ、結構人気みたいですよ」


 ダルは、相好を崩す。


「観客たちの反応もよかったです。魔術師というより魔法戦士なんですけど、それで生き残り、ちゃんと魔法で活躍していたので。とくに若い層に人気があるように感じました」

「じゃあ、あのマスク、量産すれば売れるんじゃね?」


 ライヤーの冗談じみた発言に、一同笑った。だがすぐに、真顔になる。


「どうだろうか? 商品化したら、定番に――」

「子供に受けがよさそうでもあるな」

「フォルス君に聞いてみます?」

「あれはドラゴンだぞ? でもまあ、ガキっちゃあガキか」


 などと話し合う様は、だいぶ商会の人間らしくなってきたようだった。ほぼ初期から商会業をサポートしてきたセイジとしては、身分も職業も違うメンバーが同じ職場で活発に意見を出し合う様は、ほっこりとしてしまう。


「商品といえば、魔法カードもウリになるんじゃないか?」


 オダシューの発言に、ガルが頷いた。


「バトルロイヤルでも、セイジが使っていたからな。あれの速攻性能は、戦う魔術師にとっても注目に値しただろう」

「もしマスクで正体を隠していなかったら、セイジ君のもとに、秘密を聞きにいった人も少なくなかったんじゃないでしょうか」


 と言ったのはダルだ。


 ――マスクがあってよかった……。


 セイジは胸をなで下ろすのだが、周囲は気づかなかった。周りから騒がれるのは苦手だ。


 ライヤーがセイジを見た。


「明日のトーナメントも出るんだろ? そこできっちりアピールしてこいや」

「は、はい……」


 もちろん出るつもりではあるが、変なプレッシャーを感じてしまう。


「まあまあ、ライヤー。セイジ君にとって、明日はより重要なんですから、商品アピールは二の次としましょうよ」

「そうだな。普通に勝っていけば、それで充分にアピールになるだろう」


 ダル、そしてガルの言葉に、それもそうか、とライヤーは頷いた。


「やれるだけやって、ソフィアの親父さんに見せつけてやんねえとな」


 セイジが、ソフィアの恋人にふさわしい能力を持っている男であると示す。またとない機会。


 ただ――と、エルフの治癒魔術師は眉をひそめた。


「明日は今日のようにはいかないでしょうね」


 いっせーの、でやるバトルロイヤルと違い、1対1のトーナメントである。流れ弾や不意打ちは期待できない正面からの激突。


「今日のバトルロイヤルでどういう手を使うか、周囲にある程度知られていますからね。君とぶつかる対戦相手も、対策してくるかもしれません」

「してくるだろうな」


 ガルは淡々と言った。最後まで残った有力な者には、それぞれマークがついたと思われる。当然、ソフィアはその筆頭だろう。


 ライヤーが、ぼやくように言った。


「対策うんぬんで言えば、次にソフィアとぶつかったら勝ちたいよなぁ。何か対策は考えてるのか、セイジ?」

「さすがに防御魔法は必須だと思う」


 静かに、自身の考えをセイジは口にした。


「でも、用意できるカードもあまり多くない。どこで当たるにしても、トーナメントだからできるだけ温存していかないと最後まで保たないと思う」


 回数が限られている者には、トーナメントの長丁場はつらい。これは魔力量の少ない者も同様だ。勝ち上がらないといけないから、初戦から全力を出していると、強敵揃いの後半にバテて負けてしまう。


 トーナメントは、魔法の実力はもちろん、魔力量の多さも影響するのだ。


「でも、やるしかない」


 セイジの瞳は決意に満ちていた。彼なりに考えている――それがわかったから、周りも対策についてはこれ以上言わないことにした。


「これでもし優勝したらよ、お前もソフィアの親父さんからも一目置かれるようになるだろうな。そしたら、ソフィアにすんの? 告白」

「こ、告白!?」


 セイジは目を丸くした。ダルがニヤリとする。


「一応、仲はいいですよね?」

「それは……まあ、そうだと、思う……」


 ボソボソと小さな声になるセイジ。ライヤーは言った。


「まどろっこしいなァ。どうせ、付き合うんだろうが!」

「……たぶん」


 赤面してセイジはうつむいた。仲間たちは顔を見合わせる。これは先が長そうだ、と思ったのだ。


「いい機会だ。優勝とか言わねぇから、ソフィアに勝ったら、彼女と付き合え!」

「え……あ……」

「もし負けたら、おれらがソフィアにお前の気持ちを伝えておいてやるよ。――セイジが、ソフィアのこと、好きだって!」

「な、何でそうなるんですか!? やめてくださいよ!」

「負けられない理由ができたな」


 オダシューが言えば、ダルも頷いた。


「頑張って、セイジ君」

「……」


 どうしてこうなった――急な展開についていけず、セイジは思わず天を仰いだ。



  ・  ・  ・



 ――どうしてこうなったぁ……?


 部屋の外、ソフィアは、男たちの話の内容に、耳まで真っ赤になった。


 立ち聞きするつもりはなかった。しかし、結果として、セイジが自分――つまりソフィアのことをどう思っているのか知ってしまった。


 薄々、そんな気はしていたといえ、いざ実際に聞いてしまうと胸がドキドキしてしまうのだった。

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