第353話、トーナメント開始
魔法大会三日目。この日も晴天だった。
トーナメントということだから、対戦表が張り出されるのだが、これは当日、闘技場にて行われた。
誰と当たるのか、この時、初めてわかるようになっているのだ。
「エントリーは決まっているんだから、昨日にでも張り出しておけばいいのにな」
ソウヤは、壁面に飾られた対戦表を眺める。
「そうすりゃ、昨日のうちにより実践的な対策を練ることもできたんじゃね?」
「襲撃や暗殺を防ぐための処置らしい」
ジンが隣にきて、言った。
「会場の外で対戦相手を襲って、参加できなくしようとする輩が現れるのだそうだ」
いわゆる闇討ち。人の見ていないところで不意打ち、あるいは集団で襲って、重傷、最悪殺してしまうというやつ。
これで初戦の相手を不戦敗にして、勝ち上がるという寸法だ。
「せこい手だ」
「誰もが、ルールを守るわけではないからね」
老魔術師は言った。
「何が何でも優勝したい、上位に上がりたい……そう考えて参加している者もいるのだろう。そういう人間の中には、手段を選ばない者もいるということだ」
ジンは続けた。
「幸い、ソフィアもセイジも、銀の翼商会が一緒にいて、襲撃の隙を作らせなかったからな。そうでなければ、昨日までの活躍でファンに取り囲まれたり、優勝候補を消そうと考えた者などが近づいていたかもしれない」
「世も末だな」
「ここは我々の知る日本とは違うのさ」
転移者であるジンは苦笑する。
「……トーナメントの参加は64名か」
「昨日はもっと多かったぜ?」
「1対1の戦いは、駆け引きもあるが、実力がかなりのウェイトを占める」
ジンは顎髭を撫でた。
「バトルロイヤルは漁夫の利を狙うことができたが、トーナメントではそうはいかない。魔力量の多いほうが有利でもあるから、あわよくば、なんて狙っていた参加者は昨日に賭けていたんだろうな」
――それって、セイジが優勝を狙うなら、今日より昨日のバトルロイヤルのほうが可能性があったってことか。
今日出てくる参加者は、自分が上位レベルの実力者であると自負しているということだ。偶然や漁夫の利ではなく、己の力で勝ち上がっていくと考えている猛者たち。
ソウヤは眉間にしわを寄せた。
――どうする、セイジ。強い奴しかいないとよ……。
「見たところ、シード選手はいないようだ」
ジンは肩をすくめた。
「最大六回。それに勝てば優勝だ」
「最大?」
「初戦が不戦敗になる者もいるだろうからね」
大会前に、会場の外で襲われるパターン。対戦相手が現れなければ、戦わずして次に進める。
「あとは単純に体調不良という場合もある。昨日のバトルロイヤル参加者の中には、自分でも思ったより魔力を使って、とても戦えるような状況じゃない者もいただろう。もしかしたら、レベル差を感じて辞退したりとか」
――闇討ちされる以外にも不戦敗の理由はあるんだな。
ソウヤは小さく頷いた。
「それで、セイジとソフィアはどこだ? ……と、セイジ――ティーガーマスケは先頭か?」
「昨日は最後の二人になるまで残ったからね。ちなみに、もう片方の優勝者は一番最後」
「両端かぁ。こりゃ極端だな。あー、でもこれ、二人がぶつかるのは決勝ってことになるのか」
「優勝候補をいきなり、初戦で潰し合いをさせたくないということだろうね」
ジンは解説した。
「最後まで残ったのが影響しているんだろう」
「バトルロイヤルは運じゃなかったっけ?」
実力以外の要素で最後まで生き残ることもある。
「だが昨日、観戦していた者たちは単純に、昨日の結果を実力のうちと判断している。早い段階で潰し合いになったら主催側は客から文句を言われるだろうよ」
「そうかもな。まあ、オレたちからしても、初戦とか2回戦くらいで潰し合いになったら嫌だから、これでいいんだけどさ」
ソフィアは優勝する気だからいいとして、セイジは腕試しで参加している。勝ち残ってくれないと経験にならない。
……とソウヤは思っている。セイジが何を思って大会に参加しているのか、知らないままである。
二人は闘技場内へ入った。参加者の連れ、助言者枠ということで一般客席より場に近い位置へと移動する。
「一番下から見上げると、この闘技場めちゃくちゃでかいな」
売り子をした時も広くて、階段の上り下りが大変ではあった。だが見下ろすのと見上げるのでは大違いだ。
「国立のスタジアムくらいか、それ以上はあるだろうね」
ジンは笑った。すでに客席はほぼ埋まっていて、一種のお祭り感が凄かった。
「よう、ティーガーマスケ」
「ソウヤさん、ジン師匠」
1回戦トップバッターであるセイジは、すでに虎マスクをして準備万端だった。老魔術師は言った。
「相手は、火属性魔法の使い手だ。……昨日までを見たところ、中の上と言ったところか」
「いきなり上位じゃないだけありがたいですね」
控えめにティーガーマスケは言った。
「油断はするな。個々の魔法の形からすれば、向こうが上だ」
「わかってます。僕は本職の魔術師じゃないですから」
「ルールの確認は済んでいるね?」
「はい。昨日と同じです。相手にダメージを与えれば、護符が転送魔法で飛ばして終了」
ティーガーマスケは頷いた。なお携帯しているのは、ショートソードである。
「大会は魔法大会ですが、物理で殴ってはいけないというルールはないので、邪道で行きます」
魔法が限られているセイジは、物理攻撃主体で行くつもりのようだ。持ち味は活かさないといけない、とソウヤは思う。
「ああ、行ってこい。規約に物理不可を書かないほうが悪い」
ジンは、ティーガーマスケの肩を叩いた。
魔法使いだって杖で殴ることはある、だったか。ソウヤはそれを思い出す。
――うん、何も問題はないな!
そして大会三日目、一回戦が始まる。
『どこから来たのか、虎のマスクを引っさげて、流浪の魔法戦士はやってきたぁ!』
拡声の魔法か、マイク実況のような声が闘技場に響いた。
『実戦で物を言うのは鍛えられた技! 今大会に彗星のごとく現れた異境の戦士ィィー、ティィーガァー、マスケッ!!』
大歓声が会場を包んだ。実況者かは知らないが、アナウンスもノリノリである。
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