第351話、勝利した後で


 バトルロイヤル優勝は、ソフィア・グラスニカ。


 前日の各属性制覇に続く、大会二日目の制覇。会場は大盛り上がりであり、優勝者インタビューにおける『三日目も、獲るわよ、天辺!』というソフィアの発言に、歓声は王都中に響き渡ったとか。


 今年の魔法大会のヒロインは、ソフィアであった。


 二日連続で勝利した最強の魔術師。インタビューあるなしに関係なく、観衆は三日連続制覇を期待していたことだろう。


 そして本人の口から挑戦するとあっては、もはや、この大会はソフィアのために存在すると言っても過言ではなかった。


 ゴールデンウィング二世号の談話室。皆から祝いの言葉を受けた後、当のソフィアは真っ赤になって頭を抱えていた。


「ど、ど、ど、どうしよう。私、天辺獲るなんて、言っちゃった!」


 数年も引きこもりを続けていた彼女である。優勝し、観客からの注目の中のインタビュー――拡声魔法で会場中に聞こえるそれに、緊張しないわけがなかった。


 だがこれでも初日に比べれば、まだマシだ。何せ初日は、ほとんど受け答えができず、インタビュアーの質問には頷くばかりだったのだ。


 これに喝を入れたのはミストだった。ドラゴン的な、上位者は堂々を胸を張りなさい、という助言の結果、ソフィアは公衆の場で天辺発言をしてしまったのである。


「よくやったわ、ソフィア!」


 ミスト師匠、大会の結果にも、インタビューの答えにも大満足。聞いていたリアハは、ただ苦笑するしかなかった。


「三日目も獲るしかなくなってしまった……」

「獲ればいいのよ。いや、獲りなさい!」


 師匠命令である。もっとも、ミストは優勝しろプレッシャーをずっとかけてきたから、ソフィアとしては、もはや慣れてしまっていたが。


「ミスト師匠、知ってました? 大会にセイジが出てるなんて」

「何か企んでいるなー、とは思っていたのよ」


 ミストは腕を組んだ。


「てっきりソウヤのほうの手伝いかと思ったのだけれどね。ワタシも知らなかったわ」


 セイジが大会に参加できないかと相談にきた時、ちょうどミストはすれ違う形で部屋に戻ったのだ。だから知らなくても無理はない。


「お爺ちゃんが、ソフィアの面倒を任せる、と言っていたのは、つまりそういうことだったわけね。セイジのほうの面倒を見るってこと」

「……」


 ソフィアは、ちら、とリアハを見る。友人であるお姫様は『知りませんでした』と首を横に振る。


「なんで大会に、彼が参加しているの?」

「知らないわよ。出たかったんじゃないの?」


 ミストは軽く言ったが、ソフィアは唸る。


「あいつ、そういうタイプじゃないと思うんだけど……」

「本人に聞いてみたらどうです?」


 リアハが提案した。ソフィアは口元を歪めた。


「私が? どうしてあなたは大会に出ているのって、聞くの? 嫌よ。なんで私から……」


 勝った自分が、聞きにいくのはどうかと思う。


 参加しているのを知らなかったのもそうだが、彼を負かせてしまったわけで、どういう顔をして会えばいいのか、さっぱりわからなかった。やはり、落ち込んでいるのだろうか?


「リアハ」


 ミストは言った。


「セイジに聞いてきて」

「わかりました」

「ちょ、ちょっと待ってよ……!」


 ソフィアは慌てる。


「聞きにいくの? セイジに?」

「他に何があるというのかしら?」


 ミストが怪訝な顔になる。


「あなたも気になっているのでしょう? でも自分からは聞きにくい。でもワタシは知りたいから本人から聞くのよ」

「いや、でも……。彼、落ち込んでいるかもしれない。今は、そっとしておいてあげるべきじゃない?」


 ソフィアは慎重だった。だがその表情などは、落ち着いているとは言い難い。何を緊張しているのだろうか、とミストは首をかしげる。


「あなたは理由は知りたくない、と言うのね?」

「いや、知りたいと言えば知りたいけど……。でも、今じゃなくても、いいかな……と思います」


 しゅん、となるソフィアに、ミストは頷いた。


「そう。わかったわ。明日も大会なんだから、今日は早めに休みなさい。じゃ、また明日ね。リアハ――」

「そうですね。じゃあ、ソフィア、また明日」


 ミストとリアハは退出する。


 ひとりになったソフィアは、やはりと言うべきか、セイジが何故大会に出ていたのか気になって考える。


 腕試し。しかしセイジの柄じゃないような――と結局はわからないままだった。


「あー、もう、気になるー!」


 何だか、悶々として眠れなくなりそうな予感がした。



  ・  ・  ・



「というわけで、何でセイジは大会に出場しているの?」


 ミストの問いに、ソウヤは肩をすくめる。


「腕試しだって聞いたぞ」

「彼、そういう人間だっけ?」

「オレもそう思ったが……」


 ソウヤは微笑した。


「本人も変わろうとしているんだろう。積極性が出て、いいんじゃないかな」


 正直に言えば、セイジがあそこまでやれるとは思っていなかった。


 何せ準優勝だ。最後はソフィアの圧倒的な魔法に敗れこそしたが、それまでの立ち回りは見事なものだった。


 自分の魔力量の少なさを技で補い、しかも余裕を残しながら、戦況に対応してみせた。隣でジンの解説を聞きながら観戦していたソウヤだが、セイジへの評価は爆上がりだった。


 あの老魔術師は言わないだろうが、セイジの見せた戦闘の形は、おそらくジンのそれに大きく影響を受けている。


 初めてジンと会い、魔族と戦うさまを見た時、魔術師でありながら剣を巧みに扱い、年齢を感じさせない強者ぶりを見せつけた。


 あのスタイルは、セイジの中でも今でも印象に残っているのではないかと思う。推測だが、セイジの求めている理想形ではないだろうか。


「あいつが何で大会に出ているか、その本音までは知らない。だが、明日も出るなら、きっと対策を考えてくると思うぞ。同じ手は通用しなんじゃないかな」

「……そうね。彼、なかなか器用だし」


 ミストは小さく頷いた。


「でも、ソフィアもきっと負けていないわよ」


 何せ、ワタシが教えたんだからね――ミストは笑みを浮かべた。


「ところで、ソウヤ。何をやっているの? 晩ご飯の支度?」

「明日、会場で売る串焼きの仕込み」


 今日のバトルロイヤルと違い、トーナメントは一日がかりの長丁場になる。会場でのつまみや軽食、飲料水需要はあるわけだ。

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