第350話、ソフィア VS ティーガーマスケ


「トラのマスクなんか被ったりなんかして!」


 ソフィアは、かすかな苛立ちを露わにした。氷魔法を雨霰と浴びせて、火属性2位だった魔術師を倒す。


 何やら昨日の競技がどうこうと言っていたが、ソフィアは気にもとめていなかった。


 意識は、トラマスク――ティーガーマスケに傾いていたからだ。


「被り物をすればバレないとでも思った?」


 見間違えるはずはない。


 あれはセイジだ。ミスト、ジン両師匠から魔法を教わった彼だ。


 魔法の発動や弾速による時間差、ノータイムでの発動、魔法カード。いつもの見慣れた小柄な体つき……。気づかないほうがどうかしている。


 ソフィアが魔法メインで教わっている中、セイジはそれ以外を他のメンバーから学んでいる。専門の魔術師ではないから、体を鍛え、技を磨いていた。


「わかってる? ここは、私の晴れ舞台なのよ?」


 魔法が使えず苦しんでいたソフィア。それが魔法を取り戻し、エンネア王国の有力魔術師たちの中で、その能力を発揮する。まさに、これまでの鬱憤を晴らす舞台なのだ。


「噴き上がれ。爆炎っ!!」


 ソフィアの周りが弾けた。真っ赤な爆発の炎が一気に拡散した。範囲内の対象を爆発が飲み込む魔法だ。


 範囲の中では、防御魔法を発動させる以外に回避手段なし。範囲外に出るにも発動から、わずか1、2秒程度では困難――


「……ほら」


 ソフィアは、ティーガーマスケが加速魔法で一気に距離をとったのが見えた。


 他の魔術師たちは、ここまで生き残っただけあって即座に防御魔法を発動して、爆炎を防いだ。


 だがソフィアの魔法の威力に、障壁ないし防御魔法は相殺された。無防備を恐れ、魔術師たちは新たに魔法を張り直そうとするだろう。


 このわずかな間を――


「あなたは逃がさないでしょう? セイジ!」


 ティーガーマスケが、展開した魔法カードに触れて、最速を誇るライトニングを発動させた。


 防御魔法の詠唱中だった魔術師たちは、横合いからの高速の電撃を食らい、即退場。その数、四人。残りは、魔法が間に合い、追い打ちを阻止した。


 惚れ惚れとする命中精度だった。誘導しない真っ直ぐ飛ぶ魔法を、確実に撃ち抜く集中力。昨日のシューティング競技に出ていれば、いい成績を残せたに違いない。


 ――セイジのくせに生意気よ!


「ソニックブラストォッ!!」


 ソフィアは音速の衝撃波を放った。セイジの速攻をかろうじて防いだ魔術師たちだが、今度は逆サイドのソフィアからの速攻を食らう格好になった。


 魔法をかけ直す余裕もなく、暴風に吹き飛び、それらも転移魔法で消えた。


「張りっぱなしの防御魔法が使えないと、こういう時、不便よね」


 魔法を魔力で相殺するタイプの魔法は、割と使い切りに近い。短時間の連続攻撃には弱いのだ。


「セイジのようにコントロールがないのは認めるわ。でもまとめて吹き飛ばせば、結果は同じよね!」


 辺り一面をなぎ倒せば、逃げ場なし。無駄が多いかもしれないが、その分、命中率を気にする必要はない。余分なことを考えないだけで、魔法使用のラグは縮められる。


 気づけば、残っているのはソフィアとティーガーマスケだけになっていた。


 これまで加速魔法で動きまくっていたティーガーマスケがようやく足を止めた。


 ソフィアが魔力量お化けなら、セイジは体力バカだ。


 筋力や瞬発力は、取り立てて抜きん出ているわけではない。ただ恐るべきは持久力の高さだ。


 サポーター上がりの彼は、銀の翼商会に入る前から、重い荷物を背負い、モンスターの出るダンジョンを駆け回っていた。


 小柄な体躯で、むしろ貧相にも見えるから気づきにくいが、その足腰は非常に強い。長距離移動の際、他のメンバーが疲れを見せる場面でも、ソウヤと並んでセイジは平然としている。そう、とてもタフなのだ、彼は。


 ――でも、魔力の量自体は、大したことはないのよね。


 一般的な魔術師並みだと思うが、少なくとも、この魔法大会に出場する者たちの中では、圧倒的下位だろう。


 だがここまでの彼の戦いぶりは、魔法を使いまくっていたように見える。


 ――でも、あなたが使ったのは、ストックしていたカード以外だと、加速魔法だけだもんね。


 つまり、バトルロイヤル中、セイジは加速魔法『しか』使っていないのだ。


 防御の魔法すら彼は使っていない。加速による回避か、魔法剣による反射で魔法をふせいでいた。


 さすが暗殺者集団による手ほどきを受けただけある。武器で魔法を叩き落とす技量は大したものだと思う。


 では攻撃魔法? これは、昨日までに自分の魔力から作り出した魔法カードを利用することで、この戦闘中の魔力消費を抑えたのだ。


 ――だから、あなたは、まだまだ魔力を残しているわよね……?


 魔力を取り出して、それを保存しておけるのが魔法カードの利点だ。


 たとえるなら、一日5回しか魔法が使えない人間が、その5回を魔法カードにすることで、翌日はカードによる5回と、その日使える5回を合わせて、10回も魔法が使えるようになるのだ。


 そして、この回数のトリックは、自分の魔力で作ったカード――つまり自分の魔法なのだから、この大会のルール上、何も違反していないのである。


 魔力量の大小は、人それぞれであり、その時点で不公平だ。だから魔法カードは、自分の魔力で作ったものという点さえ守っていれば、むしろ魔力量の差を補う手段と言える。


「チームで協力できたなら、私たちの優勝だったのにね」


 ソフィアは杖を構えた。


「でもこれは、バトルロイヤル。最後に残るのは、ただひとり……」


 そして――


「別に私を優勝させるために参加しているわけじゃないのよね!?」


 ティーガーマスケが加速して突っ込んできた。魔法による射撃戦となれば、手数でも魔力量でもソフィアが有利。


「あなたの魔法カードは、あと何枚残っているのかしら!?」


 少なくとも、射撃戦に応じられるほど残ってはいないだろう。


「氷の山脈を出よ、アイシクルウェーブっ!」


 コツンと地面を叩けば、そこから無数の氷柱が発生した。数メートルから十メートルに達するような巨大な氷の柱は無数に生えて、観客席がどよめく。


 まるで波のようにティーガーマスケに迫る巨大氷柱。


 その瞬間、ティーガーマスケは跳んだ。加速からの、高さ十メートル超えの大ジャンプ。それで一気に氷柱の波を飛び越えて、ソフィアに迫る構えだ。


 ソフィアは口元を笑みの形に変える。


「やっぱり、あなたって素直だと思うわ」


 ファイアボールが、彼女の周りに発生する。その数、まばたきの間に50!


「防御魔法を張ってないあなたに、これはかわせないでしょう!」


 50のファイアボールが、まるで魚が川を登るかのように先頭から順に飛んだ。


 ――一発や二発なら、魔法カードに防御魔法を仕込んで対策できるでしょうけど。この数は、防ぎきれないでしょ!


 それは炎の蛇が天へ登るかのようだった。


 後世に『炎の昇竜』と呼ばれることになる魔法は、ティーガーマスケを飲み込み、護符による転移が発動した。


 魔法大会二日目、バトルロイヤルの決着がついた瞬間だった。

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