第346話、六属性制覇


 その日、六色の魔術師が誕生した。


 エンネア王国魔法大会において、初日の競技、火、水、氷、土、風、雷の六属性すべてで優勝した者が現れたのだ。


 むろん、大会史上初の出来事である。


 属性を色でたとえ、六属性を制したことで、六色の魔術師という異名で語られることになるが、もちろん、現時点でその称号を持つ者はこの世界でただ一人だ。


 ソフィア・グラスニカ。


 彼女の名前は、王国の歴史にも、魔術師たちの中にも残ることだろう。


 今日、会場で、彼女の魔法を見られた者は幸運だ。


 歴史に残る伝説を目の当たりにできたのだから。


「快挙、快挙、快挙!」


 大会初日が終わり、ゴールデンウィング二世号に戻った一同は、本日の主役であるソフィアを大いに褒めたたえた。


「優勝おめでとう!」

「おめでとうございます、ソフィア」


 ソウヤを皮切りに、レーラが微笑む。仲間たちが「おめでとう!」を連呼する中、親友のリアハが、ソフィアを抱きしめた。


「凄かった! ソフィアがこんな凄い魔術師だったって、皆が認めたに違いありません!」

「ありがとう、リアハ」


 そっと抱きしめ返すソフィア。


 ――あら~、これはこれは。


 友情だとは思うのだが、どうにも、恋人みたいに見えてしまう。しかし、それを口に出すほど野暮ではないソウヤである。


「会場の盛り上がりは凄かったもんねー」

「俺らも売るどころじゃなかったよな」

「最後は地鳴りみたいだった」


 売り子をしていたカリュプスメンバーらも、客席の盛り上がりには圧倒された。参加した魔術師たちはともかく、少なくとも観客は、ソフィアを偉大な魔術師と称え、賞賛を惜しまなかった。


「これは、明日から大変じゃないかな」


 ライヤーが言えば、ダルも頷いた。


「ソフィアさんをスカウトしようと、色んな有力者があの手この手で声をかけてくるでしょうね」


 六色の魔術師――エンネア王国初の偉業。スカウト目的できた人間にとっては、ソフィアを目の当たりにして、その実力を買わないなどあり得ない。


「嫌よ? 声を掛けられても、どこにも行くつもりはないからね!」


 ソフィアは、うんざりしたような顔で言った。


「私は、私を蔑んだ者たちを見返してやれれば、充分なんだから。それに――」


 ソフィアは、ミストとジンを見た。


「私はよい師に恵まれただけ。六色の魔術師なんて言われたけど、私よりも師匠たちのほうがもっと凄いわ」

「謙虚ねぇ、あなたは」


 ミストはソフィアの肩に手を置いた。


「ドラゴン的には、そこは大いに威張ってもいいのよ?」

「私はドラゴンじゃないので」


 ソフィアは照れたように顔を赤らめた。


「その、ありがとうございました、ミスト師匠。ジン師匠。お二人から教えてもらえてよかった。それにソウヤ――」

「ん?」


 突然、呼ばれてソウヤは目を丸くする。


「私を銀の翼商会に誘ってくれてありがとう。あなたに拾ってもらえなければ、今の私はなかった。だから、あり……ありがとう!」

「お、おう……」


 柄にもなく、ソウヤも照れてしまう。最初に会った頃に比べると、成長したのではないかと思った。


 祝い事となると、銀の翼商会では焼肉パーティーと相場が決まっている。当然のごとく、パーティーとなって、仲間内で大いに祝い、主役であるソフィアを褒めた。


「ばーっ、といって、ばーっと吹き飛ばせばいいのに」


 肉を頬張りながら言ったのは、水色髪のツインテール少女姿のアクアドラゴンだった。


「何で、あんなひとりずつやったのか、私には理解できない」

「そういう作法なんでしょ」


 灰色髪の美女姿のクラウドドラゴンは淡々と言った。


「魔法の美しさとか、純粋な力を見せるんでしょうよ」

「……ばーっと全力を一発出せば、済むのに」


 ドラゴンたちがそんな話をしていて、ソウヤはそれとなく注意を払って聞いていた。


 ――ひょっとして、このドラゴンたち、あの会場にいたのか?


 どうにも観戦していた風に聞こえる。


 だとしたら、よく騒ぎにならなかった。いくら人に化けられるとはいえ、あんな人の多い場所にいて、何事も起こらないのは奇跡ではないか。


 ――人の姿だと、美女、美少女って面だもんな。よく絡まれなかったもんだ。


 正直、ドラゴンを怒らせて暴れられたら、大惨事どころでは済まない。銀の翼商会にはドラゴンがいるという話は、アルガンテ王らも知っているから、何か起こればこちらも大変なことになる。


 ――そういえば……。


 ソウヤは、焼肉パーティーで、人の周りをウロチョロしているフォルスを見やる。


 ――あいつ、観戦したいとか、今回言わなかったけど……。


 好奇心旺盛な子ども竜である。この手のお祭りも見たいと言い出してもおかしくない。だが商売の準備中の期間も含めて、ソウヤはフォルスに『行きたい』などと言われなかった。


「そふぃあの魔法、すごかったよー」


 きゃっきゃ、しながらフォルスは、ソフィアとリアハに話しかけていた。内容を知っているような言葉……。どこかで観戦していたようだが――


 ――あいつに何かあると、影竜ママが怖いんだよな……。


 だから、ソウヤは、我関せずとばかりに焼肉を食っている影竜に声をかけた。


「大会、観戦していたのか?」

「していたぞ。それが何だ」


 黙々とお食事の影竜。何か小言を食らうとでも警戒されているような気配を彼女から感じた。ソウヤは世間話をするような調子に切り換える。


「大丈夫だったか? 周りに変な奴は寄ってこなかったか?」

「ああ、そんなことか。高いとこらから見下ろしているからな。問題ない」

「……そうか」


 空から見ているということだろうか。ドラゴンならそれも可能か。遠くからの観戦なら、確かに観客に絡まれることもないだろう。


「なら、いいんだ。……どうだった大会は?」

「我は、もっと派手な戦いが見たかったな」

「なら、明日は盛り上がるんじゃないか」


 バトルロイヤル。多人数同時バトルの日だ。派手好きなドラゴンもお気に召すのではないだろうか。


 ただ――


「熱に当てられて、間違っても飛び入り参加はしないでくれよ」

「ふん、昼間から影のないところで戦うなど遠慮被る。これでも我は、穏健なドラゴンなのだぞ」

「……穏健ね」


 それ以上はノーコメント。ソウヤは苦笑する。


 そこへミストから『肉がたりないぞー』のお声がかかる。焼肉パーティーは続いた。

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