第345話、ソフィア、快進撃
破竹の勢い。魔法大会初日の、シューティング系競技が進むにあたり、ソフィアの活躍がドンドン注目を集めた。
突如現れた無名の魔術師。
火属性の魔法競技を完全勝利で収め、ソフィアは、優勝者に与えられる『炎の魔術師』の称号を得た。
つまり今年の火属性最高の魔術師として、エンネア王国の魔術師の歴史に名を刻んだわけだ。
それだけでも名前に箔がつくのだが、魔術師界隈で、いわゆる天才と呼ばれる類いの魔術師は、ひとつの属性だけでなく、複数属性を制していたりする。
ソフィアもまた、それら先人の例に倣い、複数属性にエントリーして観衆を大いに驚かせた。
水属性部門を制して、二属性の制覇。
「水炎の魔術師だ!」
観客席からはそのような声が上がった。
「グラスニカ家の娘らしい」
「宮廷魔術師もいる貴族の……」
「秘蔵っ子というわけか」
物知りな連中が話している。名前は公表されているし、優勝時に会場全体に知れ渡るから、そこから想像したのだろう。
ソウヤは串焼きと水を販売しながら、ソフィアの活躍に目を細めた。
――頑張ってるな。
これはイリクも観覧席から見て、鼻が高いことだろう。
競技は進行する。続く氷属性部門にもソフィアが参加すれば、どよめきとなる。
「三属性を制覇するつもりか!?」
「もし、そうなったら――」
天才魔術師の登場に、観衆のボルテージは上がっていく。
氷属性シューティング。アイスブラストの魔法を使った的当ても、そつなくこなすソフィア。氷属性は、遠くへ飛ばそうとすると重量の影響が出てくるため、魔力量の消費も大きくなるが、彼女の射程をほぼ無視した魔法は、その消費を抑える。
ソフィアの試合展開を見ていたのだろう。参加する魔術師の中には、彼女を真似て、飛距離を伸ばす者も現れた。現地で魔法をカスタマイズできるというのは、中々高度な魔術師であるが、結果的には、ソフィアには勝てなかった。
氷属性各競技を制覇。氷の魔術師の称号も獲得。三属性を制したソフィアの一挙手一投足に注目が集まる。
これには師匠であるミストもにっこり。
「もう会場は、あなた一色よ」
「気持ちいいですね」
極力平静を装っているソフィアが、師の前だけで相好を崩した。
「自分でもこんなにできたんだ、って驚いています」
「むしろ、他の連中がヘボい?」
皮肉るように笑みを浮かべるミストに、ソフィアは首を横に振る。
「そういうの、よくないですよ、ミスト師匠」
「いいのよ。ドラゴンから見たら、人間の魔術師なんて大したことないんだから」
「私も?」
「あなたは別よ」
ミストはソフィアのおでこに自分のおでこを当てた。
「度肝を抜いてきなさい」
「はい、師匠」
次の属性は、土。
観衆は、『ソフィア・グラスニカ』は出るかを興味深く見守った。そして当然のように参加する彼女を見て、どよめいた。
「マジかよ!? 四属性!」
「さすがにそろそろ魔力量やばくないかな?」」
「過去に四属性を制した奴って、一人か二人じゃなかったっけ?」
もしかしたら――その期待が、周囲に生まれる。
同時に、土属性参加の魔術師たちも色めき立つ。さすがにグラスニカ家の秘蔵っ子とはいえ、ここまで無名だったソフィアに、すべてを持っていかれるのは、彼らのプライドが許さなかった。
土属性魔術師たちに限らず、この大会で称号や名誉の獲得を目指して研鑽を重ねてきた者たちが集まっている。
その成果を披露する場であり、自分が主役だと思っている者も多かった。
自分の将来が掛かっている者も少なくない。故に、何としてソフィアに勝たねばと考えるのだ。
「――土属性は、氷属性とよく似ている」
そう表現したのはジンである。
「もちろん、氷と土や石は違うが、こと魔力から魔法として具現化する場合は、共通点も多い。そしてそれを理解してしまえば……」
会場でのソフィアが用いた魔法に、客席からどよめきの声が上がる。
「氷属性と土属性、双方を制するのも難しくはない」
個数や大きさなど、比較しようとすると、ソフィアの作り出した土属性のそれは、周囲を凌駕していた。その差をたとえるなら、子供の中にひとりだけ大人がいるような感じだ。
土属性魔術師たちの健闘もむなしく、ソフィアは土属性でも優勝を掻っさらった。
・ ・ ・
観戦していた王族一行――アルガンテ王は、普段なら中だるみから観戦がおざなりになってくる頃だったが、今回ばかりはそうはならなかった。
「貴様の娘は、どこまで魅せてくれるのだ、イリク」
「はっ……」
魔法大会ということで、王のそばで観戦しているイリクである。
参加魔術師が使う魔法の解説を担当するのが彼の役目でもあるが、今は実の娘であるソフィアの活躍をじっくり見ることができた。何せ、王も三属性、いや四属性制覇に挑んでいたソフィアを注視していたからだ。
「これで、炎、水、氷、土の称号を得た。あと残すは、風と雷か。……イリク、貴様の娘は、これに挑むのだろうか?」
「は、ソフィアの魔力量次第ではありますが、大会前に話した感触からすれば、全属性を獲るつもりでしょう」
「なに、全属性か」
アルガンテ王は獰猛な笑みを浮かべた。
「貴様も天才魔術師として謳われたが、娘はそれ以上のことをやってのけようとするか」
「はっ。彼女を導いた師が、やってみせろと発破を掛けたようで」
「それでできるというのなら、大したものよ。彼女を鍛えた師とやらも」
「はい。あれほど優れた魔術師を見たことがありません。魔術師、いや賢者と呼ぶにふさわしい人物と、そしてドラゴンから指導を受けました。正直うらやましく思います」
「ソウヤめ。よくもまあ、そのような人物やドラゴンを従えたものよな」
アルガンテ王は苦笑する。
「普通なら王国に何が何でも引き入れるべきなのだろうが――」
「陛下、恐れながら……」
「言わずともよい。ソウヤの仲間だ。俺も無理は言わんし、まして命令も強制もない」
ただ――王は皮肉げな顔になった。
「惜しいな。……それくらい愚痴るのは許せよ」
「はっ……」
イリクが頭を下げると、アルガンテ王は視線を会場に戻した。
「これで四色の属性持ち。果たして、五色の魔術師となるか。それとも――」
全属性を手中に収めてしまうのか。光と闇属性の競技がないのが惜しまれる。それらさえ制してしまうなら、さしずめ彼女は、オールエレメント・マスターか。
アルガンテ王は心の中で呟いた。
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