第340話、エントリー締め切り
ソウヤとミスト、ジンは、ゴールデンウィング二世号に帰還した。
レーラが出迎える。
「ソフィアさんとリアハは、一緒じゃなかったんですか?」
「ソフィアはお泊まり。リアハはその付き添い」
家族水入らずで家でゆっくりすればいい――そのつもりだったのだが、ソフィア曰く、実は王都の屋敷に戻るのが久々過ぎて落ち着かないらしい。
バロールの屋敷で引きこもっていたのが長過ぎた。生まれた家にも関わらず、不安だからと、リアハが一緒についているという格好である。
やれやれ、とソウヤは肩を回した。レーラは微笑む。
「お疲れさまでした。どうでしたか?」
「ああ、セリアは現れたよ」
ソウヤは、グラスニカ邸で起きた出来事を説明した。
グラスニカ家秘伝書を盗んだ犯人はセリアであり、ソフィアにすべての罪を被せるつもりだったが、その企みは潰えた。ソフィアの手によって捕縛されたのだ。
ついでに呪いをかけた犯人もわかり、その人物もすでにこの世を去っているために、一族を巻き込んだ事件は解決した。
「それはようございました」
レーラは頷いた。
「それで、セリアという方の処遇はどうなるのでしょうか?」
「ソフィアには、セリアに復讐する権利がある」
ソウヤが言うと、ミストはそっぽを向き、ジンは表情をわずかに険しくさせた。
「人生を滅茶苦茶にされ、つらい思いをいっぱいしてきたからな。殺したいほど憎んだとしても不思議はない」
「……ソフィアが手を下したのですか?」
レーラは眉をひそめる。いいや、とソウヤは首を横に振った。
「処分については、イリク氏に一任するとさ」
ソフィアは、セリアについて直接罰を与えなかった。
「だから、ミストがお冠なのさ」
絶対報復主義のドラゴンには、ソフィアの判断は手ぬるいように感じたのだろう。
ただ、ソフィアがセリアの処分を、グラスニカ家当主に一任すると言った際の、セリアの発狂は、ソウヤの記憶に残っている。
『また、そうやって! わたくしを無視するの!? あなたにはわたくしなど眼中にないと、そう言いたいの!?』
この発言に対して、ソフィアは心底吐き捨てるように言った。
『あんたの顔を見ると、ムカツクから、一秒でも早く見えないところに行ってほしいだけよ』
その時のソフィアは、本気で顔を逸らしていた。
『二度と私の前に現れないで』
完全拒絶である。
セリアがこの先どうなるかは、イリク次第。しかし、自分の娘を貶められたこと、それに対して怒らない親もない。
ソウヤの想像では、ソフィアが復讐するより苛烈な制裁が下されるだろうと思った。
ミストが不満顔ではあるものの、文句を控えているのは、イリクとその家族が、ミストの望むような罰を間違いなく下すだろうと理解しているからだった。
これは当人と家族の問題である。ソウヤとしては、本音もクソもなく、口出しすべき事柄ではないと判断した。
「さて、これで自由時間ができた」
ソフィアの問題は解決した。ここにきて、急ぎの用件もない。
「で、確か明後日に、王都で魔法大会がある」
「そうでしたね」
レーラは笑みを浮かべた。春の陽気を思わす温かさ。
「ソフィアさんもエントリーしてましたね」
「イリク氏の前で活躍して見返す、つもりだったんだがな。もう、その必要もない」
ソフィアは魔法が使える。そしてその実力のほども、当人たちにすでに見せつけている。
ミストが口を開いた。
「エントリーしたからには、このまま出場させて優勝を狙うわよ!」
弟子の活躍を世間にアピールしたいのだろうか。レーラが手を叩いた。
「では、皆で応援しないといけないですね!」
「応援……」
あー、そうね――ソウヤは頬をかいた。わかる。わかるのだが……。
「どうされたのです、ソウヤ様?」
「いやー、せっかくお祭り気分で人が集まるから、銀の翼商会として、何かできないかなーと思ってさ」
行商だから、この機会に何か露店めいたものを出すとか。いや、露店はさすがに、このタイミングでは出すスペースは押さえられてしまっているだろう。
しかし、何かやっておきたいと思うソウヤだった。
「まあ、さすがに今さら準備する間もないだろうが、考えるだけでも今後の役には立つかな、と」
「そうですね」
レーラは楽しそうに相打ちを打った。何かいいことでもあったのだろうか、と思うくらい機嫌がよさそうなのは気のせいか。
「じゃ、ワタシは先に寝るわ」
ミストがアイテムボックスハウスへと移動した。入れ違うように、セイジとダル、ライヤーがやってきた。
「ジンさん、いま、お話大丈夫ですか?」
「何かあったのかね?」
老魔術師が聞き返すと、セイジは言った。
「魔法大会が開催されますよね? 明後日、ですか? えっと、今からエントリーって間に合うでしょうか?」
「エントリー? 出場するのかね?」
「ええ、まあ……」
肩をすくめるセイジ。ソウヤは横から口を開いた。
「誰が出るんだ?」
「セイジだよ、セイジ」
ライヤーが、少年を指さした。
「ソフィアが出る大会だろ? 親父さんも観に来るってんで、ここらでガツンと優勝をかっさらおうってわけだ」
「……何で、そうなるんだ?」
ソウヤは理解が追いつかなかった。それはともかく、セイジが出場する気になるとは、意外である。
「どういう心境の変化かは知らないが、セイジ。大会参加の申し込みは、確か三日前までだったはずだ」
「となると――もう手遅れですか」
ダルが『うーん』と小さく唸った。二日後には魔法大会が始まってしまう。エントリー締め切りは昨日までだった。
「だが、面白い」
ジンは顎髭を撫でながら言った。
「実は、ここにエントリー者に配布される参加札がひと枠がある」
ひらひらと、カマボコ板のような札を見せる老魔術師。
「どうしても参加したいというのであれば、これを君に譲ろう。どうするね、セイジ君?」
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