第339話、エントリーしよう


「魔法大会へ出場しましょう、セイジ君」

「え……?」


 エルフの治癒魔術師ダルの言葉に、セイジは目が点になった。


「どういうことですか?」

「だから、ソフィアさんとの身分差を覆す方法ですよ」


 ダルは教師のように言った。


「セイジは、二言目には『自分は平民だから』とか『相手は貴族令嬢だから』と身分差を言い訳に使います」

「言い訳じゃないです。事実ですよ」


 貴族に平民が恋などしたところでうまくいかない。貴族は貴族同士で結婚するもので、平民など同じ人間と思っていない。


 本人がどう思うと、貴族社会の常識が、恋愛というものを拒否するのだ。


「まあ、そうでしょうね」


 ダルは認めた。それはライヤーやオダシューも同意するところである。


「ただ、例外というものがあります。何だと思いますか?」


 わからない。だからセイジは首を横に振った。


「英雄です。人から認められ、強者であることを示せば、出自は二の次にされることも少なくありません」


 ダルは得意げな顔になる。


「我らがソウヤさんは、魔王を打ち倒した勇者です。彼が仮に相打ちで死亡扱いされず、生還していたとしたら、おそらく多くの有力者から、うちの娘を妻に、と申し込みが殺到したでしょう」

「魔王討伐の旅の時はどうだったんだ?」


 ライヤーが問うた。当時を知るエルフの治癒魔術師はうなずいた。


「そりゃあもう、何人もの有力者から、娘をもらってくれと言われてました。魔王を討伐したら正式に申し込む、なんて言っていた方もいらっしゃいましたね」

「でも、ソウヤさんは勇者だから……」

「そう、勇者です。でも彼はその前は、貴族でも騎士でもなく、平民の出だと言っていました。……つまり、そういうことなのです。ひとたび英雄となってしまえば、どこの生まれだろうが、重要視されなくなるのです」

「いわゆる、ひとつの成り上がりってやつだな」


 ライヤーが、はっきりと言い切った。


「まあ、貴族社会に身を置くって言うなら色々言われるだろうけど。それさえ気にしなきゃ、平民が貴族の令嬢とくっつける可能性があるぜ」

「……」


 何だか大事になってきている、とセイジは感じた。


 ソフィアに好意を抱いている。それは間違いない。ただ仲良くなりたい、異性と付き合いたいという思いはあっても、貴族になりたいとか、成り上がりたいわけではない。


 いや、あるわけない、無理だと最初から考えていなかったのだ。だから、いざ、その可能性を示された時、セイジは困惑してしまった。


 どうするのが正しいのか、それすらわからない。


「何を迷うことがある」


 オダシューは難しい顔になる。


「セイジ、お前はソフィア嬢ちゃんを好きなんだろう? やってみろ」

「オダシューさん……」

「生きているうちに、できることはしておけ。目の前にチャンスがあるなら、掴み取れ。やらなきゃ、一生後悔するぞ」


 暗殺者集団にいた男の言葉は重い。生きているうちに――死んだら、何もできないのだ。


「やるだけやれ」


 同じ暗殺者出身のガルが淡々と言った。


「貴族との恋愛とか、おれにはわからない。だがお前、強い冒険者になるという目的があっただろう? その腕試しのつもりで出るのはありだと思う」


 初期の頃から、まったく戦闘力がなくて、お荷物、もとい荷物運びだったセイジである。強くなりたい、とガルに戦闘術の教えてもらったのも懐かしい記憶。


「でも――」

「『でも』はなしだぜ」


 ライヤーは笑った。


「なあ、やれよ」

「あー、うん。ひとつだけ言わせてもらっていいかな」

「何だ?」

「魔法大会なんだけど」


 セイジは、首をひねった。


「それが?」


 ガルが眉をひそめると、セイジは続けた。


「僕は、魔術師じゃないんだけど」

「魔法が使えれば参加自由じゃなかったっけ?」


 ライヤーがダルに聞けば。


「私の記憶に間違いなければ、魔術師が大半ですが、それ以外の職の方も出場していたと思います」


 昔、大会を観戦したことがありますから、とエルフの治癒魔術師は微笑した。


「ただ、やはり魔法の大会ですから、上位は専門の魔術師ばかりですけど」

「……それを魔術師じゃない僕が出るんですか」


 魔術師一族であるグラスニカ家から認められる力量を示すなら、優勝を視野に入れ、最低でも上位入賞くらいはしないといけない。


「純粋に、魔法を扱ってきた人たちに比べたら、僕なんて素人なんですけど……」

「魔法は使えたもの勝ちなのですよ」


 ダルは飄々と言った。


「使えるまでが大変だったりするのですが、使えてしまえば、その後は関係ないのです。そもそもですね」


 エルフの治癒魔術師は自身の胸を叩いた。


「年齢や年季で勝敗が決するなら、私たちエルフが最強ということになるではないですか!」

「いや、ドラゴンかも」


 ライヤーが突っ込めば、オダシューは言った。


「おれはクレイマン王だと思うね」

「あの人はな……」


 一同は苦笑した。不老不死の魔術師であるジンが出たなら。年齢や年季うんぬん関係なく優勝するのでは、と思った。


「よかったな、あのジイさん出なくて」


 ライヤーの発言に頷く男たち。セイジは、スッと息を吸った。


「でも、ソフィアは大会に出るんだよね」


 彼女と大会でぶつかるかも、と考えるセイジに、ライヤーは相好を崩した。


「何だやる気じゃねえか。もうぶつかった時の心配か?」

「でもそうですね」


 ダルは首肯した。


「順当に勝ち上がれば、どこかでぶつかる相手ではありますね」


 ソフィアと競う。……勝てる気がしないセイジである。


「というか、そもそも、僕、あの大会にエントリーしていないんですけど。……もう参加締め切ってません?」


 一同は顔を見合わせた。

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