第338話、その頃、セイジは――
「ソフィア、大丈夫かな……?」
アイテムボックス内の訓練場で、セイジは呟いた。
グラスニカ邸へ行ったソフィア、ソウヤたち。一方でセイジは同行に志願することなく、留守番である。
「気を抜くな」
ガルから蹴りが飛んできた。セイジは、とっさに右腕を入れて、頭部への蹴りを防いだ。
「ごめん、ちょっと心配だったんだ……!」
すっと姿勢を低くして、セイジは足払い。対するガルは跳躍して回避するように見えて、セイジの頭上に飛びかかる。
「その選択は――」
「頭を割られる、っていうんでしょ!」
しかしガルの頭上からの蹴りは、見えない魔法の壁に防がれた。ガルは防御魔法を踏み台にして距離をとった。
「まったく……。手でいっていたら、骨が折られていた」
「うん、ごめん。とっさに加減できなかった。ガルは素早いもん」
セイジが申し訳なさそうにすれば、遠巻きに見ていたギャラリー――オダシューが手を叩いた。
「ガルは素早いか。ははっ、しかしそのガルに付け入る隙を与えていないセイジも大概だと思うぞ」
「本当かな……?」
セイジがガルを見れば、カリュプスの暗殺者であるガルは腕を組んだ。
「少なくとも、おれはお前を5回ほど倒す隙はあった」
「やっぱり、まだまだだなぁ」
セイジは頭をかいた。
「トレーニングに付き合ってくれてありがとう、ガル」
「どういたしまして」
ガルは答えたが、わずかに眉をひそめた。
「訓練とはいえ、戦闘中に余計な考え事はするな。死ぬぞ」
「うん、そうなんだけど」
セイジは肩をすくめた。オダシューが苦笑した。
「セイジは、ソフィア嬢ちゃんのことが気になるもんな」
「オダシューさん、ソフィアは家に帰ったんですけど、大丈夫でしょうか?」
「そんなに心配なら、お前もついていけばよかったのに」
「行けませんよ。ソフィアはあれで、貴族の娘さんなんです」
セイジは難しい顔になった。
「ソウヤさんは勇者だし、ミストさんやジンさんは師匠という立場がある。リアハ様はお姫様で、貴族の屋敷に行くのに不都合はないですけど、僕はただの平民で身分が違います」
「そうさなぁ。おれら暗殺者にも貴族の屋敷なんてのはあまり縁がないな」
依頼が来れば別だか――と、オダシューは心の中で付け加える。
「で、心配ってのは嬢ちゃんが家族とうまくやれるかってことか? それとも、そのまま家に残って、おれたちと一緒に来なくなることか?」
「それはどっちも心配だ……」
セイジが頭を抱えた。
「僕は、ソフィアのことが好きなんです」
「知ってる」
オダシューは腕を組んで口をへの字に曲げた。
「アズマに自白させられたもんな。おれたちの前で」
なので、セイジがソフィアに好意を抱いていることは、元カリュプスメンバーは全員知っている。
もっとも、普段のセイジの視線やソフィアへの態度を見ていれば、おおよそ見当がつくのだが。
「ガルは、ソフィアのことをどう思っているのさ?」
「仲間であることは認める」
美形の暗殺者は遠くを見る目になった。
「お前は、恋愛感情のことを言っているのだろうが、おれにはそういう感情はない」
「ソフィアが好きだとしても?」
「それは彼女の感情だ。おれの感情ではない」
淡々と言い切るガル。オダシューは「ケッ」と顔をしかめた。
「このイケメン野郎はいつもこれだ。何を言っても絵になる。存在自体が不公平だよな」
「まったくですね」
セイジは半睨みになる。ガルは真顔になった。
「ソフィアはおれを好いているのか?」
「……」
そう正面から聞かれると言葉に詰まる。ソフィアがどう思っているかについて、セイジだってわかるわけがない。
初めて会った頃は、彼女も、それとなくガルを見ていて、それを指摘すると赤面したりしていたから、気があるんじゃないかと思ったものだ。
だが、ここ最近について言えばセイジにもよくわからない。リアハ姫という友人ができたせいか、ガルと関わりがほとんどないように見えた。彼を見ている、という光景も見ない。
黙ってしまうセイジをよそに、オダシューはこちらも深刻な顔になった。
「ソフィア嬢ちゃんが、ガルに惚れている、という様子は、おれらは感じていないな」
いわゆる三角関係ではない。そう外野は見ているということだ。
「お、面白い話をしているぞ」
そう言いながらやってきたのは、ライヤーとエルフの治癒魔術師ダルだった。
「セイジ、ソフィア嬢への告白はいつやるんだ?」
「どうして、そういう話になってるんです!?」
「だってお前、ソフィア嬢のこと好きなんだろ?」
さも平然と言い放つライヤー。ダルも同意するように頷いた。
うわぁ、と、セイジは頭を抱えた。元カリュプスメンバーだけでなく、銀の翼商会一同で、セイジの恋愛感情が筒抜けになっているようだった。
「ここにきて、ソフィアさんが家に帰ったじゃないですか」
ダルは歌うよう明るく言った。
「そうなると、セイジ君が落ち着かないだろうと皆で心配するわけです。……すみませんね、娯楽が少ないですから。人の恋慕は皆、関心があるもので」
知らぬは当人だけ。
「それで、どうなんだ?」
ライヤーが興味丸出しで聞いてきた。野次馬が増えて、セイジはうんざりするが、元が真面目なので、考えを口にする。
「それは好きですし、そういう関係になれたらって思います。でも、僕は平民で彼女は貴族様なんです。……無理ですよ」
「お前、そういうところあるよな」
「何です?」
「考え方がドライっていうかさ。普通、恋の話振られて、ウブな奴は動揺したりするもんだ。だから見ていて楽しいんだが……」
「何気に最低ですね」
「言うなよ。だけどお前さんは、さらりと答えるじゃねえか。それはつまり――」
「セイジ君の中で、この恋愛はうまくいかない、いきっこないって、もう割り切っているんですよね」
ダルは指摘した。
「でも、心の底では、もしかしたら、とか考えているんでしょ? あわよくば関係を進展させたいとか。諦めきれていない」
「……」
「そこで提案です。身分差をひっくり返すいい方法があります」
エルフの治癒魔術師は含みのある笑みを浮かべた。
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