第337話、セリアの犯行


 グラスニカ家の秘伝の魔術書に書かれた『防御の壁』。それは外側からの攻撃を無効化する防御の魔法。


「だから、壁の内側から魔法を使ったの」

「内側?」


 驚くイリクに、ソフィアは種明かしをした。


「そう。防御の壁が術者の周りに展開しているのだから、攻撃はその壁に阻まれてしまう。けれど、壁の内側は何もない。そこから攻撃すれば、術者に当てられるってこと」


 たとえば、相手術者から50センチのところに壁があったとする。普通に攻撃しようとするなら、その壁が邪魔をする。


 だが、攻撃を相手術者から40センチのところに発生させれば、壁の存在有無は関係ない。


 ソフィアは、攻撃魔法をセリアの至近に発生させることで、防御の壁を無視したのだ。


「そもそも、攻撃魔法を術者近くから飛ばさなければいけないってことはないのよ。相手の至近距離から発生させれば、飛距離による魔力ロスも減るし、命中までの時間も減らせるから回避も難しくなる」

「……相手の不意もつける可能性も上がるし、防御魔法を無視できるわけか……いやはや、大したものだ」


 イリクは褒めた。ソフィアは頬をかく。


「セリアが、防御の壁を使いながらも、自分は魔法を撃ち放題って言っていたから。あれで魔力は内側を出入りできるんだってわかったし。もし完全に魔力を遮断する術だったら、内側からの攻撃もできなかった」

「相手の術をよく観察している」


 娘の成長にとても嬉しそうにするイリク。


 警備の魔術師がセリアを拘束して連れ出す。その様子を見やり、ソウヤはそっと武器をアイテムボックスにしまった。


「やれやれ、一時はどうなることかと思ったぜ」

「まあ、大したことにはならなかったでしょうよ」


 ミストは腰に手を当てた。


「万が一、ソフィアがヘマをしても、ワタシやお爺ちゃんがいるもの。フォローは完璧よ」


 上位ドラゴンに、伝説級魔術師がいるのだ。ミストの言い分は、決して口先だけのものではない。


「大事にならなくてよかったよ」


 ジンは言ったが、表情は晴れない。


「セリアはソフィアの呪いを知っていた」

「そうだな」

「だが、前にも言ったが、魔法封じの呪いは幼い子供が使えるものでもない。誰かしら協力者がいるはずだ。それを捕まえない限りは、まだ円満解決とは言えない」

「さっきお母さんがどうのって言っていたけれど……」


 ミストが首を傾げた。


「彼女の母親が娘を一番にしたくて、ソフィアに呪いをかけたのかしら?」

「何かそれっぽいよなぁ」


 ソウヤは腕を組んだ。


「誰もが、自分の子が一番可愛いって思うもんだしな」

「ま、セリアを締め上げれば、わかるでしょうよ。それで共犯者とやらを捕まえれば、この事件も解決よ!」


 落とし前の時間よ――と、ミストが怖い笑みを浮かべている。


 絶対報復主義のドラゴンである。


 ――ぶれないなぁ。


 ソウヤは苦笑するしかない。視線を転じれば、アヴラがやってきて、ソフィアを抱きしめていた。その様子を見て、ソウヤはほっこりする。


 この分では、家族内の関係はよさそうだ。特に助けもお節介もいらなさそうだった。



  ・  ・  ・



 一連の事件について、セリアに対する尋問が行われた。


 ソウヤたちはその場にいなかったが、取り調べを監督していたイリクが、のちにその結果を教えてくれた。


「まず、ソフィアに呪いをかけた犯人について」


 イリクは言った。


「セリアの母、ルージーが施したものだったようです」

「お母さん」


 ソウヤは思わず、ミストと顔を見合わせた。


「じゃあ、そのルージーを捕まえれば――」

「残念ながら、彼女は五年前に、伝染病にやられてすでにこの世を去っています」


 なんと死亡していた。ミストが問うた。


「じゃあ、セリアには共犯者は?」

「いません。ソフィアに呪いをかけたのはルージーですが、ここ最近起きた、グラスニカ家の秘伝の魔術書の盗難、そしてバロール屋敷の炎上は、セリアの仕業です」


 バロールの町の屋敷のメアリー、ザックは金で買収したという。ちなみに、セリアが盗難犯としてでっち上げた冒険者の認識票については、旅の途中で遭遇した死体から回収したものだったそうだ。


「つまり、この屋敷から魔術書を盗み出したのも、セリア単独の仕業ですね」


 外部からの侵入に見せかけて盗難した。そしてその罪をソフィアに着せるために、バロール屋敷を焼き払った。


 問答無用なほどの悪事ともなれば、何もしらないとソフィアが言い張っても追っ手は信じないだろう。


 そうやって、ソフィアを排除し、ついでに盗まれた魔術書の在処もうやむやにするつもりだったらしい。


「そこまでしてソフィアを……」


 何故なのか? 考え込むソウヤに、イリクは告げた。


「セリアは、彼女の母親からグラスニカ一族の筆頭魔術師になれ、と強く教えられたようでした。セリアにとって、ソフィアは同年代のライバル。蹴落としてでも勝たねばならないと、意識していたのでしょう」

「それだけかしら?」


 ミストは問うた。


「それだけの理由で、セリアはソフィアを陥れたの?」

「昔からウマが合わなかったと本人は言っています」


 イリクは口元を引き締めた。


「自然と競うようになっていたようですが、何かにつけて自分よりうまくやるソフィアが恨めしかったようです」


 嫉妬の感情である。初めは些細な問題だったかもしれない。しかしお互いに成長し、両者の溝は深まるばかりだった。


「ソフィアが呪いをかけられ、以後、魔術師として大成しないと周囲が思う中、セリアだけは、ソフィアに潜在的な恐怖を感じていたようです。何故なら――」

「ソフィアが魔法が使えないのが『呪い』のせいだと知っていたから」

「その通りです、ミスト様」


 イリクは頷いた。


「呪いが発覚し、それが解かれるようなことになれば、安泰だと思われていた筆頭魔術師の道を脅かされる、とセリアは考えたようです」

「ソフィアは才能の塊だからね」


 ミストは何故か胸を張った。


「それで、秘伝の魔術書を手に入れて、それをソフィアのせいにしようと企んだ、と」

「ライバルも消せて、一族の技も手に入れる。少なくとも自分が容疑者から外れることが大きかったのでしょうな」


 イリクが瞑目した。ミストは口元を歪めた。


「それで、今後セリアの身柄はどうなるのかしら?」

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