第336話、ソフィア VS セリア
ソフィアが魔法杖を向ける。セリアは目を見開いた。
「まさか、ソフィア? あなたがこんなところにいるなんて、想定していなかったわ」
驚きはしかし、すぐに嫌みな笑みに変わる。
「引きこもりが家出したって聞いた時は、どうせ何もできずに野垂れ死ぬか、盗賊や人さらいに捕まって死ぬか売り飛ばされるかと思っていたのだけどね……」
「私の家出を知っていた?」
「ええ、メアリーには黙っているように言ったのはわたくしよ。運がよかったわ。ちょうどわたくしがお屋敷にいる間に出てくれて」
「あなたの顔が見たくなかったのよ」
「あら、言うじゃない。少し見ない間に、立派になったんじゃない?」
「本心からの言葉だったら褒め言葉として受け取っておきたいけど、あなたにそんな殊勝な気持ちがあるわけないわね」
「ないわね。――わたくしは、あんたの存在が憎い!」
「恨まれるような覚えは、あんまりないんだけどね」
「そう、そのあんたなんか眼中にないって態度が、気に入らないのよ!」
マントの裏から魔法杖を出して、ソフィアを狙うセリア。
「そこまでだ」
イリクが、背を向けているセリアに自身の魔法杖を向けた。警備の魔術師らも身構え、隣室にいたソウヤたちも飛び出し、牽制する。
「武器を捨てろ。抵抗は無意味だ」
「あらあら、困ったわねぇ」
セリアは口ぶりとは裏腹に、楽しそうだった。
「多勢に無勢ってやつかしら? でも、わたくしにはこれがあるのよ!」
マントの下から本が出てきた。イリクが目を見開く。
「それは、我が一族に伝わる秘伝の魔術書! お前が持っていたのか!?」
「ええ、筆頭魔術師になれば手に入るのはわかっていたんだけどね。でもあなたが存命のうちは無理。あと十年以上も待つなんて、できないから盗んでやったのよ!」
セリアは、正面に向けた杖を使った。
「ライトニング!」
「!?」
ソフィアに迫った電撃弾は、間一髪回避した。
「へえ、これを避けるの? ふざけた奴!」
「セリア!」
イリクが、警備の魔術師たちが魔法を放った。それは四方からセリアを襲ったが、見えない壁に弾かれる。
「フフン、秘伝書の中に書いてあったわよ? こちらは撃ち放題、しかし敵の攻撃魔法は無効化する」
セリアが勝ち誇った。魔術師らが魔弾を浴びせたが、やはり効かなかった。
「ちなみに、当主様。この魔法の壁のことは、ご存じ?」
「……」
「あー、やっぱりね。秘伝書は受け継いでも、中は見ていなかったのね。馬鹿ね、本当に馬鹿。先祖の言いつけを守って、その魔術を確かめないなんて、それでも魔術師?」
言いたい放題のセリアである。
遠巻きに斬鉄を構えていたソウヤは、隣にいるジンに聞いた。
「なあ、爺さん。あの防御の魔法、どう思う? 物理で殴ったらいけるかな? それならオレが殴ってくるんだが」
「恐ろしく耐性のある防御魔法だ」
老魔術師は、のんびりと顎ひげを撫でた。
「何とかできなくはない。ただ――」
「ただ?」
「私が介入しても、誰も幸せにならないと思うんだ」
「何の話だ?」
「ここは、ソフィアにやらせよう」
ジンはきっぱりと言った。
「だからミスト嬢、ドラゴンパワーでひねり潰そうとしているところ悪いが、自重してくれ」
「……せっかく、秘伝の防御がどれくらいあるか試したかったのに」
残念、とミストは槍を引っ込めた。
「と、いうわけだからソフィア。あなたがやりなさい!」
「わ、私がですか、師匠!?」
ソフィアが声をうわずらせた。
「これまでのワタシたちの教えを思い出せば、あんな防御は簡単に抜けるわよ」
ミストは自信満々に断言した。
「なにそこでわたくしを無視してペチャクチャお喋りしているのよ?」
セリアが眉間にしわを寄せた。
「気に入らないわね。わたくしを無視するなんて!」
電撃の魔法が、ミストへと飛ぶ。しかし魔弾は、彼女の竜爪槍の穂先に弾かれ、霧散した。
「へぇ、ドラゴンに喧嘩ふっかけるとはいい度胸ね」
ミスト、鬼も逃げ出す壮絶な笑み。
「弟子の晴れ舞台じゃなきゃ、ワタシが引き裂いてやるところだったわよ、小娘……! ラッキーだったわね。さあ、ソフィア、やっておしまい!」
「フン、魔法の使えないソフィアが何を……」
完全に馬鹿にしていたセリアだが、不意に腹に衝撃がきて、体がくの字に折れ曲がる。
「がはっ!?」
何が起きたかわからなかった。セリアは見えないパンチを腹に受けたような衝撃に足がふらついた。
「な、なにを……?」
殴る蹴るの距離に敵の姿はない。だが突然、殴られたのだ。腹部を押さえるセリア。
「あ、本当だ。抜けた抜けた」
ソフィアの声。彼女が何かした――?
睨んだ瞬間、またも腹部に衝撃が走り、セリアは吹っ飛ばされた。
「ど、どういうこと……?」
わからない。攻撃魔法は無効化する魔法の壁があるのだ。それを貫いてきたとでもいうのか? セリアは痛みと、理解不能な事態にパニックになる。
「いったい、何をしたのソフィア! あうっ!?」
もう一発が、またも腹部に当たった。
「ちょ、やめ……!」
ドォンと、執拗に見えない打撃に打ち込まれ、とうとうセリアは倒れた。
「ごめ……ゆ、許して……! もう、やめて……」
絶対的な自信が根底から揺さぶられた。防ぐはずの攻撃を防げず、わけがわからないまま攻撃されている。それは恐怖だった。
先ほどまでの威勢はどこへやら。床に這いつくばっているセリア。ソフィアは、落ちている秘伝の魔術書と、セリアの杖を拾うと、イリクの元へと向かった。セリアは眼中になかった。
「お父様、魔術書は取り戻したわ」
「ご苦労。……しかし、ソフィア。あの攻撃魔法すら防ぐ防御の壁をどう破ったのだ?」
イリクは純粋な質問を浴びせる。ソフィアは苦笑しつつ、一度、ジンとミストを見た。
――言ってもいいですか?
――いいよ。
視線でのやりとりの後、ソフィアはイリクに向き直った。
「実は、防御の壁とやらを破ったわけじゃないのよ」
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