第335話、すべてはお見通し


「わたくしが、屋敷に火を!? 何故、そのような話が?」


 セリアは驚愕した。対するイリクは事務的に告げた。


「庭師のザックがいるだろう? 彼がそう証言したのだが?」

「ザックが……あの――ッ!」


 憤怒に染まるセリアの顔。だがすぐに、それは収まった。


「イリク様、お言葉ですが、それは、おかしくないでしょうか?」

「と、言うと?」

「わたくしはバロールのお屋敷が燃えて、いの一番に王都に引き換えしました。そのわたくしより先に報告があると言うのは、常識的に見て不可能ではないでしょうか?」

「なるほど。もっともだ」


 セリアを追い抜かさないと先に王都に戻ることなどできない。


「では問おう。屋敷の生存者は? 母上がいらしたはずだ。無事か?」

「はい、ご無事です」


 一切の迷いもなく、彼女は言い放った。


「シェルターに避難しておりました。ゆえに全員無事です」

「それはよかった」


 本心から言っているとは思えない、心のこもっていないセリフだった。


 隣室から見守っているソウヤは、イリクの態度に苦笑してしまう。


「では、屋敷の者たちはどうしている? 屋敷は燃えてしまったのではないか?」

「はい、近くの有力者に助けを求めると言っていました。わたしくとしては、それを見届けたかったのですが、イリク様に急ぎ報告するように言われ、伝令として戻った次第でございます」

「筋は通っているな」


 イリクは、感心したように頷いた。セリアの言い分は、実にそれらしく聞こえる。報告を優先し、どうなったか最後まで確認していない――そう言われてしまえば、たとえば、ソウヤたちが駆けつけてアイテムボックスシェルターを使った、などという事実とすり合わせができない。


 知らなくてもおかしくない状態だったと、セリアは言ったのだ。


「だが、一点、ソフィアが放火をしたという事柄を除けば」

「恐れながら、イリク様。ソフィアを庇いたいお気持ちはお察しします。魔法が使えない落ちこぼれといえど、イリク様にとっては実子。信じたくないお気持ちはわかりますが、これは事実なのです!」

「事実とな?」


 イリクの眉が動いた。


「お前はソフィアが火をつけた場面を実際に目の当たりにしたのか?」

「あ、いえ……」


 セリアのトーンが下がった。


「この目では見ておりません。わたくしが到着した時には、火の手が上がっていて、ソフィアが消えておりましたから」

「実際に見ていないのに、真実とは片腹痛い。何故、お前にソフィアがやったと断言できるのか? 私怨にかられ、屋敷の者が放火したやもしれぬのに」

「屋敷の者が、証言したのです。ソフィアが火を放ったと」


 セリアは困惑しつつ言った。


「ソフィア付きの侍女であるメアリーも申しておりました。まさか彼女が嘘を――」

「嘘をつくかもしれん。ソフィアに仕えていた分、思うところがあるやもしれぬだろう?」

「……それでは、わたくしは騙された、ということでしょうか……?」


 神妙な調子で、視線を落とすセリア。


 ――ここで被害者ヅラをするとは、役者だなぁ。


 ソウヤは思った。自分に不利になったと思ったら、強弁せず、責任転嫁をはかった。何が何でもソフィアのせいにするのではなく、自分も騙されていたのでは、と思わせて逃げる。なかなか切り換えの早いことで。


「イリク様、この度は、誤報をお伝えして申し訳ありませんでした!」


 セリアが平伏した。


「再度、バロールに戻り、仔細確認して参ります! ソフィアの犯行と証言した者から聞き込みをいたします」

「お前がバロールの町に戻る必要はない」

「いえ、わたくしが。失態の責任をとらせていただきたく思います!」


 過ちを認め、挽回しようと振る舞う。さも忠臣であるアピールだが、これは証言者の抹殺目的か、あるいは逃走のための口実かもしれない。


 ソウヤは思う。そうは問屋が卸さない。


「いや、わざわざ戻る必要はないのだ」


 イリクは淡々と告げた。


「何故なら、メアリーもザックもここにいるからだ」


 そう言うと、イリクは警備主任に「連れてこい」と命じた。警備員と共に、嘘の証言をした二人の使用人が連行されてきて、セリアの顔色が青ざめる。


 メアリーとザック、二人の刺さるような視線がセリアへ向く。それで彼女は察した。


「なあんだ。そういうことか。……じゃあ、わたくしの犯行がバレちゃってるわけね」

「認めるのだな? 屋敷を燃やし、その罪をソフィアに着せようとしたことを」

「ええ、バレちゃあしょうがないわね」


 セリアは立ち上がると、ふてぶてしい笑みを浮かべた。


「あの子にトドメを刺してやろうと思ったのにね。やれやれだわ」

「何故、我が娘を貶めた!?」


 怒りがこもっていた。イリクの刺々しい眼光を受けて、しかしセリアは胸を張った。


「だってあの子がいると、わたくしが一番になれないもの……」

「なに……?」

「一族トップの魔術師になるには、あの子が邪魔なのよ」


 魔術師一族として有名なグラスニカ家の筆頭魔術師。その地位を、セリアは求めていた。


「わたくしは、グラスニカの一番にならなければいけないのよ。それが母さんとの約束だもの!」

「そのために――」


 イリクは怒りを露わにした。


「ソフィアに反逆の烙印を押そうとしたのか!? いやまて、ソフィアは魔法が使えなかった……。わざわざ罪を被せなくても、筆頭魔術師の地位はお前に転がり込んでいたはずだ」

「ええ、そうね。ソフィアに能力がなければ、放っておいてもわたくしの勝ちだった。でも違うのよ。あの子は、わたくしよりも高い才能と力を持っているッ!」


 セリアは断言した。


「わたくしの届かない高み、その素養を持っていた。だから、それが出てくると困るのよ。誰もわたくしのこと、見向きもしなくなるもの」


 節穴当主様――セリアは歪な笑みを浮かべた。


「あなたは知らないでしょうけど、ソフィアは魔法封じの呪いが刻まれている。魔法が使えないのはそのせい」

「……」

「その呪いがある限り、ソフィアは敵じゃないけれど、何かの弾みで呪いだとバレたら……困るじゃない? だから、始末してやろうって思ったわけ。どう? 驚いた?」


 嘲るように笑うセリア。イリクは視線をズラした。


「いや……。知っていたさ。……彼女も、お前に言いたいことがあるようだぞ」


 視線の意味に気づき、セリアは振り返った。そこにはソフィアが立っていた。


「あなたの仕業だったわけね。私から何もかも奪っていったふざけた奴!」


 魔法杖をセリアに向ける。


「選ばせてあげるわ。今すぐ跪いて許しを乞うか、私が無理矢理、あなたを跪かせるか!」

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